兼子一

兼子 一

兼子 一（かねこ はじめ、1906年12月18日 - 1973年4月6日）は、日本の著名な法学者です。専門は民事訴訟法で、東京大学法学部教授を務めました。法学博士の学位を持ち、従三位勲一等瑞宝章を受章しています。

日本民事訴訟法学の確立

兼子一が登場する以前、民事訴訟法の研究は、実体法学者が副次的に扱う分野と見なされがちでした。兼子はこのような状況の中、民事訴訟法を独立した専門分野として深く研究し、日本独自の民事訴訟法学体系を築き上げることに尽力しました。その体系は理論的に極めて精緻であり、矛盾のない統一的な法解釈を目指したものでした。

主要な学説

兼子の提唱した学説は、今日の日本の民事訴訟法学における主要な通説の多くを占めています。

訴訟の目的と訴権論: 兼子は民事訴訟の目的を紛争の解決にあると定義しました。訴権に関しては、裁判所が本案判決によって実体法上の権利義務の存否を明確にすることを通じて紛争が解決されると考え、「本案判決請求権説」を唱えました。
訴訟物: 訴訟において審理・判断の対象となる訴訟物については、実体法上の請求権を基準とする立場である「旧訴訟物理論（実体法説）」を採用しました。
立証責任: 事実の存否が不明な場合にどちらの当事者が不利益を負うかという立証責任の分配については、実体法の規定を根拠に決定すべきとする「法律要件分類説」を展開しました。
既判力: 確定判決が持つ後訴に対する拘束力である既判力の性質については、「実体法説・具体的法規説」を主張しました。

これらの学説は、兼子によって体系的に整理・統合され、日本民事訴訟法学における強力な理論的基盤となりました。

また、破産法においても重要な貢献をしました。破産財産全体を一つのまとまり（破産財団）と見なし、これに権利主体としての地位を認めるという考え方、いわゆる「暗星的法人」説を提唱し、これが当時の学界における通説となるまで影響力を持ちました。

経歴

兼子は1906年、東京市に生まれました。旧制東京府立第一中学校（現在の東京都立日比谷高等学校）、第一高等学校（現在の東京大学教養学部の前身）を経て、1929年に東京帝国大学法学部法律学科を卒業しました。在学中の1928年には、高等文官試験の行政科および司法科の両方に合格しています。

大学卒業後、1929年に東京帝国大学法学部の助手となり、1931年には助教授に昇任。1941年には民事訴訟法と破産法を担当する第二講座の教授に就任しました。1942年には、当時の汪兆銘政権下にあった「もう一つの北京大学」で法学院教授を兼務するため中国に渡りましたが、終戦後の1946年に帰国しました。1948年には法務庁の調査意見長官を兼務しています。

1958年、兼子は自ら50歳定年説を唱え、東京大学を辞職し弁護士登録を行いました。その後、兼子・岩松法律事務所を設立し、実務の世界でも活動しました。

大学を辞した後も、法学教育に携わり、1957年から1973年の死去まで日本大学教授を務めました。また、社会活動にも貢献し、1957年から1961年まで中央労働委員会の公益委員、1960年から1971年まで公共企業体等労働委員会の委員長を歴任しました。

晩年は難病に苦しみました。弟には心理学者の兼子宙や海軍軍人の兼子正がいます。

主な著書

兼子一は数多くの重要な著作を残しており、これらは現在でも民事訴訟法研究において参照されています。特に『条解民事訴訟法』は今日の版の原点です。

教科書・体系書

『民事訴訟法概論』（岩波書店、1938年）
『民事訴訟法』（有斐閣、1949年）
『条解民事訴訟法』第1〜3巻（弘文堂、1951年-1952年）
『新修民事訴訟法体系〔増訂版〕』（酒井書店、1965年）
『強制執行法・破産法』（弘文堂、1967年）
『判例民事訴訟法〔新装版〕』（弘文堂、1967年）
『要説民事訴訟法〔増補補正版〕』（弘文堂、1975年）
『訴訟のはなし〔第3版〕』（有信堂高文社、1992年）
『民事訴訟法〔新版〕』（弘文堂、1992年）- 竹下守夫補訂
『裁判法〔第4版補訂版〕』（有斐閣、2002年）- 竹下守夫補訂

論文集

『民事法研究』第1〜3巻（酒井書店、1950年-1969年）
『實體法と訴訟法』（有斐閣、1957年）

門下生

兼子一は教育者としても優れ、多くの優秀な弟子を育てました。主な門下生に、竹下守夫、新堂幸司（東京大学名誉教授）、小山昇、斎藤秀夫、霜島甲一（法政大学名誉教授）らがいます。

兼子一の研究と教育は、日本の民事訴訟法学の発展に不可欠なものとして、今日でも高く評価されています。

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