北方探検

日本における北方探検とは、主に18世紀後半から明治時代にかけて、江戸幕府および明治政府によって推進された一連の地理的探査および調査活動を指します。この探検が活発になった背景には、当時のロシアをはじめとするヨーロッパ諸国の船舶が日本の北方海域に頻繁に現れるようになり、これが日本の国防にとって重大な脅威と認識されたことがあります。国家的な安全保障、領土の明確化、そして資源の把握といった目的のもと、探検隊は現在の北海道、樺太、千島列島といった日本の北方領土に加えて、遠くアムール川流域にまで足を延ばし、これらの地域の地形、自然環境、資源、そして住民に関する情報の収集と、詳細な測量を行いました。

江戸幕府期の北方への関心

江戸幕府において、北方への関心が高まったのは、老中田沼意次の時代からです。彼は、仙台藩医であった工藤平助が著した『赤蝦夷風説考』で示された北方地域の戦略的重要性に関する提言を重視し、幕府勘定奉行であった松本秀持に蝦夷地の詳細な調査を命じました。松本は、当時の著名な文筆家である平秩東作から、蝦夷地に住むアイヌの人々の文化や生活、そして現地の産物に関する貴重な情報を入手しました。これらの情報を基に、松本は1784年（天明4年）10月に、自ら蝦夷地の実地調査を行うことを決定し、翌1785年および1786年にかけて、幕府主導による本格的な蝦夷地探検が実施されました。

明治政府による北方政策と調査

明治時代に入ると、新政府は北方地域の開発と管理を国家の重要課題と位置づけます。安政2年（1855年）に締結された日露和親条約（下田条約）により、すでに択捉島以南の千島列島が日本の領土として国際的に認知されていました。明治2年（1869年）、政府は蝦夷地に開拓使を設置し、この地を「北海道」と改称して本格的な開発と統治に乗り出します。さらに、明治8年（1875年）に結ばれた樺太・千島交換条約によって、日本は樺太全土における権利をロシアに譲る代わりに、千島列島の全島を日本の領土とすることが確定しました。この条約では、島々に居住する日露両国の国民は、自らの国籍を維持したまま居住することが認められました。

千島列島の大規模調査とその他の探検

千島列島の全島領有に伴い、開拓使は明治9年（1876年）に千島列島を得撫郡、新知郡、占守郡の三つの行政区域に分割し、汽船「函館号」を派遣して大規模な総合調査を実施しました。この調査は、船長森本弘策の指揮のもと行われ、千島列島の全域を網羅する日本初の総合的な調査であり、後に発表されたジョン・ミルンによる報告よりも早い時期に行われたという点でも重要です。

明治26年から27年（1893年～1894年）にかけては、海軍大尉郡司成忠らが組織した報効義会による探検が行われました。これは軍事的拠点構築や植民を主な目的とし、農商務省、内務省、東京地学協会といった各方面からの委託を受けて、気候、地理、海流、物産など幅広い調査項目が設定されていました。探検隊は、軍艦のボート3隻と和船2隻という編成で隅田川を出港しましたが、航海中に下北半島沖で悪天候に見舞われ、乗組員18名を失う痛ましい遭難事故に遭遇しました。生存者は測量艦「磐城」に救助され択捉島にたどり着き、その後、北洋物産の汽船「泰洋丸」の協力を得て捨子古丹島へ向かい調査を行いました。ここで気象観測のため9名が島に残留した後、郡司ら7名はさらに北上し、占守島で地形、土壌、植生、気候、資源、海流、港湾などに関する詳細な調査を実施し、翌年「磐城」で帰国しました。占守島には白瀬轟を含む4名の交代隊員が残り、調査を続け、明治30年（1897年）に帰還しました。しかし、捨子古丹島に残された9名の隊員は、全員が不慮の事故により亡くなっています。

千島列島以外にも、広大な北方地域への探求は続けられました。明治28年（1895年）に阿部敬介が著した見聞録には、アラスカ沿岸からアリューシャン列島にかけての地域に関する詳細な記述があります。阿部はアメリカの税関巡視船ベーヤ号に数年間乗船し、この地域を巡航した際の体験を記録しました。彼の見聞録には、その地域の自然や地理に関する綿密な観察が含まれており、特にアリューシャン列島の火山活動については、噴気の状態などが具体的に描写されており、貴重な資料となっています。

このように、日本の北方探検は、国防、領土の確定、開発、科学的知見の獲得といった多様な目的をもって実施され、多くの困難を伴いながらも、日本の北方地域に関する理解を深める上で極めて重要な役割を果たしました。

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