和泉屋市兵衛

和泉屋市兵衛は、江戸時代中期から明治時代初期にかけて、江戸で活躍した地本問屋です。代々「市兵衛」を名乗り、8代にわたりその名を継承しました。甘泉堂、泉市といった屋号を持ち、山中氏を姓としていました。

創業当初は、仏教書などの出版を行っていましたが、天明年間頃から、芝に在住する作家の草双紙、絵本、錦絵などを手掛けるようになりました。寛政2年（1790年）には、地本問屋仲間が結成された当初から加盟しています。

和泉屋市兵衛の業績で特筆すべきは、歌川豊国を役者絵の第一人者に押し上げたことです。寛政6年（1794年）から寛政8年（1796年）にかけて刊行した大判錦絵の揃物『役者舞台之姿絵』は、大成功を収めました。この成功を機に、歌川豊国は人気絵師として不動の地位を確立し、和泉屋市兵衛の名も広く知れ渡ることとなりました。

その他にも、勝川春潮、喜多川歌麿、鳥文斎栄之、2代目歌川豊国、歌川国貞、渓斎英泉、歌川広重、歌川国芳、河鍋暁斎など、著名な浮世絵師の作品を数多く出版しています。明治期に入ると、山中市兵衛と名を変え、芝三島町で営業を続け、3代目歌川広重、市川甘斎、2代目歌川国輝などの錦絵や絵本を出版しました。

主な出版作品

大高坂芝山著『適従録』 漢学本（元禄10年/1697年）
鳥文斎栄之 『風流七小町』 大判 錦絵7枚揃（天明8年/1788年）
勝川春潮 『絵本栄家種』（寛政2年/1790年）
歌川豊国 『役者舞台之姿絵』 大判 錦絵揃物（寛政6年-寛政8年）
歌川豊国 『風流七小町略姿絵』 大判 錦絵揃物（寛政7年頃）
喜多川歌麿 『風流美人時計』 大判 錦絵12枚揃（寛政末から享和初）
歌川豊国 『絵本時世粧』 絵本（享和2年/1802年）
渓斎英泉 『美艶仙女香』 大判 錦絵揃物（文政3年～文政5年頃）
渓斎英泉 『今様美人姿』
2代目歌川豊国 『風流東姿十二支』 大判 錦絵12枚揃（文政後期から天保前期）
歌川広重 『江戸名所』
歌川広重 『忠臣蔵』 横大判 錦絵16枚揃 （天保中期）
歌川広重 『魚つくし』 中判
歌川国芳 『横浜本町之図』 大判3枚続 錦絵（万延1年/1860年）
河鍋暁斎 『泉市版 黄石公と張良』 大判 張交絵
河鍋暁斎 『狐にばかされ』 大判
河鍋暁斎 『滑稽狂画双六』 双六絵 （文久2年）
3代目歌川広重 『東京名所兜町米商会所鎧稲荷祭礼之真図』
市川甘斎 『鹿児島戦記佐土原落城ノ図』 大判3枚続 錦絵（明治15年）
2代目歌川国輝 『山梨県甲府勧業場之図』 大判5枚続 錦絵（明治前期）
2代目歌川国輝 『東京府下煉化石従商家京橋観之図』 大判3枚続 錦絵（明治）

また、和泉屋市兵衛は江戸幕府の御用御書物所として官版の発行も行っていました。明治10年（1877年）に太政官正院文書局が廃止されるまでは、須原屋茂兵衛と共に、当時の官報であった『太政官日誌』を刊行していました。

刊行物

官版『太政官日誌』（第34号-第43号）、1870年8月-10月
官版『太政官日誌』（第44号-第53号）、 1870年10月-12月

参考文献

日本浮世絵協会編 『原色浮世絵大百科事典』第3巻 大修館書店、1982年
吉田漱 『浮世絵の基礎知識』雄山閣、1987年
小林忠 大久保純一 『浮世絵の鑑賞基礎知識』 至文堂、1994年

和泉屋市兵衛は、江戸の出版文化を支えた重要な地本問屋の一つとして、その名は後世にまで語り継がれています。

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