境

境（さかい）

「境（さかい）」とは、政治、行政、言語、食文化など、人間社会の多様な営みを地理的に区画する境界を指します。物理的な線や面だけでなく、文化的、観念的な隔たりを示す場合もあります。

自然地理と境

地球上の陸地は、大きく起伏に富んだ山地と、比較的平坦な平地に分類できます。人類の活動は移動や生活資源の確保の容易さから、主に平地を中心に展開されてきました。一方、山地は移動が困難で、生活資源も限られます。この山地と平地の境界に位置する地形、例えば丘陵、台地、段丘、扇状地などは、それぞれ固有の環境特性を持ち、しばしば自然な境として認識されます。

政治行政と境

政治行政上の境界には、国境、州境、村境など様々なレベルがあります。これらの境界の多くは、必ずしも人為的に厳密に引かれた線ではなく、分水界、湖沼、海洋、森林といった自然物がそのまま境界となっている場合や、あるいは人間の活動の結果として定着した人工的な要素が境界を形成している場合があります。

国家は、その主権の下に国民と領土を支配しており、この領域を画する線が国境です。古代国家では、明確な領域の限界という概念は希薄で、領域は辺境と呼ばれる地帯によって漠然と区分されていました。防衛の観点から、森林、山岳、砂漠、沼沢といった自然の地形が防御障壁として利用されることが一般的でした。しかし、人口が増加し、開拓が進んで国の領域が拡大すると、隣接する他国との間で境界を確定する必要が生じました。

日本における境

日本における境界の歴史

古代日本では、山（峠や分水嶺）や川といった自然が作り出した境目がそのまま境界とされました。時代が下ると、橋や坂といった、人間の手によって生み出された概念や施設も境目として認識されるようになります。

さらに開発が進むにつれて、個々の土地の境界を定めることが喫緊の課題となりました。『常陸国風土記』に記された箭括麻多智と夜刀神の争いは、人間が未開の自然（そしてそれを象徴する神）との間に境界を引き、領域を生み出していく過程を描いていると解釈できます。

大化の改新以降、評制から律令制へと移行し、令制国が形成される過程で、全国各地で国境や郡境の画定が進められました。また、条里制が導入されたことで、土地の境界線も計画的に定められるようになります。

律令制が弛緩し、荘園制が進行すると、荘園の権利者は独自に「四至（しいし）」と呼ばれる荘園の東西南北の境界を設定するようになりました。山川のような自然の境目、行政的な境界線、道や用水路、墓地といった人為的な施設などが境界設定に利用されましたが、同時に、「境相論」と呼ばれる境界を巡る争いが頻繁に起こるようになります。京都や鎌倉といった都市では、都市の四方の境界を定めて祭祀（四角四堺祭）を行う慣習があり、村々では地蔵や門を設けて境目の目印としました。

豊臣政権は、こうした境相論の裁定権を自らの下に集めるため、惣無事令を発するとともに、諸大名に命じて御前帳（土地台帳）と国絵図を作成させ、裁定の基礎資料としました。この政策は江戸幕府にも引き継がれ、たびたび国絵図や郷帳が作成され、これを基に大名の配置や行政区分の確立が行われていきました。

日本という国土の境

「日本」という国土・領域の境界に関する認識も、多様な変遷をたどっています。

『宋書』によれば、倭の五王の一人である武は、南朝皇帝への上表文の中で、「東は毛人を征すること、五十五国。西は衆夷を服すること六十六国。海北を平らぐること、九十五国。」と述べ、自らの領域拡大の成果を誇示しています。この記述からは、ある程度の領域意識はうかがえますが、近代的な国境の概念とは異なります。

中世に入ると、個々の土地に四至があるように、日本列島全体にも四至があると考えられました。『延喜式』では、陸奥国（現在の岩手県紫波郡周辺）を東端、土佐国（現在の高知県）を南端、佐渡国（現在の新潟県佐渡市）を北端としています。刀伊の入寇の際には、「新羅（実際には高麗）の境に入るべからず」という大宰権帥からの命令が出されており、日本と朝鮮半島の間には国境が存在するという意識があったことがわかります。

中世の地理観では、日本列島は東西に長く延びた形状であると捉えられ、夷島（えぞがしま。北海道または津軽半島東部の外ヶ浜を指す）と鬼界ヶ島（きかいがしま。現在の鹿児島県三島村硫黄島とする説が有力）を日本の東西の果てと考え、国内の穢れを追放する場所（すなわち流刑地）とする考え方が広く行われていました。この地理観から、南北の端についてはあまり意識されませんでしたが、北端を佐渡、南端を土佐または熊野とする説が唱えられました。また、日本と朝鮮・中国との間の国境として、潮流の境目である「筑羅が沖（ちくらが沖）」という観念も生まれました。

しかし、国家主権が確立されていなかった当時、国境の概念は非常に曖昧でした。『妙本寺本曽我物語』で日本の西の果てを「鬼界・高麗・硫黄嶋」と記述するなど、当時の人々の意識と実際の地理との間には乖離も見られ、こうした曖昧さは後世にも影響を与えました。

「境」は、単なる地理的な線引きではなく、自然環境、人間の営み、社会制度、そして人々の観念が複合的に絡み合い、歴史とともに変化してきた多層的な概念と言えるでしょう。

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