大シルチス

大シルチス台地 (Syrtis Major Planum)

大シルチス台地は、火星表面に見られる最も顕著な地形の一つであり、特にアルベド（光の反射率）が低いため、広大な「ダークスポット」として観測されます。火星の北半球の低地と南半球の高地の境目に位置し、巨大な衝突盆地であるイシディス平原のすぐ西隣に広がっています。

地形と地質の特徴

この地形は、かつては「シルチス平原 (Syrtis Major Planitia)」と呼ばれ、平坦な地形と考えられていました。しかし、マーズ・グローバル・サーベイヤーなどの探査機による精密なデータに基づき、実際には比較的標高差の小さい楯状火山であることが明らかになりました。中心座標はおおよそ北緯8°24′、東経69°30′付近に位置し、南北に約1,500km、東西に約1,000kmという広大な範囲を占めています。全体としては、タルシス楯状火山群のような他の火星の主要な火山に比べてはるかに緩やかな傾斜（多くは1°以内）を持つ斜面で構成されています。

内部には、最大6kmの標高差を持つ山塊や、深さ約2kmの大きな窪地が含まれています。この窪地内には、ニリ・パテラとメロエ・パテラと呼ばれる、南北350km、東西150kmに広がる二つの大きなカルデラが存在します。カルデラの底部は周囲の台地ほど隆起しておらず、特にクレーターの数が少ないニリ・パテラの底部は、メロエ・パテラよりも若い地質年代を示唆しています。大シルチス台地を構成する岩石の多くは玄武岩ですが、ニリ・パテラではデイサイトも検出されており、異なる種類の火山活動があった可能性を示しています。

人工衛星による重力場の観測からは、二つのカルデラを中心とする領域に正の重力異常が確認されています。これは、地下深くに南北600km、東西300kmに及ぶ広大な、かつてのマグマ溜まりが存在した痕跡と考えられています。このマグマ溜まりは、噴火前にマグマから沈殿した輝石やカンラン石などの密度の高い鉱物を豊富に含んでいたと推測されています。クレーターの数の調査から、大シルチス台地は、隣接するイシディス平原が形成された後の、ヘスフェリアン時代初期に活動を開始したと考えられています。

台地表面の暗い色は、この地域に豊富に存在する玄武岩質の火山岩に由来します。また、周囲の地域に比べて細かい塵が比較的少ないことも、コントラストを強調し、暗く見える要因となっています。

発見と命名の歴史

大シルチス台地は、地球外の惑星表面の地形として、科学的に記述された最初期のものの一つです。その名前は、リビア沿岸にある地中海のシドラ湾の古代ローマ時代の名称「Syrtis maior」に由来しています。

初めてこの地形を観測し、記録に残したのはオランダの天文学者クリスティアーン・ホイヘンスです。彼は1659年の火星の描画の中にこれを描き、繰り返し観測することで火星の1日の長さを推定しようと試みました。初期にはその特徴的な形状から「砂時計の海（Hourglass Sea）」として知られていましたが、その後の地図製作者によって「アトランティック海峡（Atlantic Canale）」（ヨハン・ハインリッヒ・メドラー、1840年）、「カイザー海（Kaiser Sea）」（リチャード・プロクター、1867年、ライデン天文台のフレデリク・カイセルにちなむ）など、様々な名称が与えられました。フランスの天文学者カミーユ・フラマリオンは、1876年にプロクターの命名体系を見直し、「Mer du Sablier」（フランス語で「砂時計の海」）と再び名付けました。現在の「Syrtis Major」という名称は、イタリアの天文学者ジョヴァンニ・スキアパレッリが、1877年の火星の地球への最接近の際に作成した詳細な地図の中で使用したことに始まります。

季節による変動の観測

大シルチス台地は、その見た目が季節によって変化するように見えたことから、長年にわたり頻繁な観測の対象となりました。初期には、この変動を説明するために「浅い海」や「季節による植生の変化」といった仮説が提唱されました。しかし、1960年代から1970年代にかけて実施されたマリナー計画やバイキング計画といった火星探査ミッションによって、これらの仮説は否定されました。探査機から得られたデータは、表面に見られる変動が、主に風による塵や砂の吹き飛ばしや堆積によって引き起こされていることを明らかにしました。特に、クレーターの縁から風下に向かって伸びる明るい筋状の模様など、風による地表物質の移動を示す証拠が多く見られます。これらの現象が、遠方からの観測における大シルチス台地の見かけ上の変化の主要因であることが解明されています。

このように、大シルチス台地は、火星の地質学的な歴史、火山活動、大気現象、そして人類による火星観測の歴史において、非常に重要な意味を持つ地形と言えます。

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