大殿

大殿：摂関家の家長と権力の行使

平安時代の摂関政治において、摂関経験者であり、現摂関の父親である人物を指す尊称が「大殿」です。本稿では、摂関家における大殿の役割と権力、そしてその衰退過程について詳述します。

摂関家における大殿の権限

摂関の地位を退いた後も、大殿は公卿の地位を保持していました。そのため、家司を任命し、摂関とは別に独自の家政機関を維持することが許されていました。この家政機関は、政所、侍所、蔵人所、御服所、修理所、御厩などから構成され、これらの吏員には、大殿の摂関時代の家司が引き続き任命されることが一般的でした。

本来、出家すれば家政機関は廃止されるはずでしたが、実際には元の家司がそのまま大殿に仕え、出家前と同様の職務を遂行していました。さらに、摂関家ゆかりの寺院（興福寺を除く）の支配権や、摂関家の所領である荘園の大部分を大殿が掌握していました。

摂関や藤氏長者の交代によって、摂関家の権限や所領がすぐに移るわけではありませんでした。大殿がそれらの大部分を掌握していたため、摂関を継承した子供は、儀式や職制を維持するために、大殿の財政的支援に大きく依存せざるを得ませんでした。

このシステムは、12世紀前期の藤原忠実の時代に完成したと考えられており、同時期に成立した院政と共通点が見られます。藤原道長も息子の頼通に摂政の地位を譲った後、太政大臣を辞して出家しましたが、「大殿」と称してその後見を行いました。また、頼通の息子師実は、白河院の許しを得て関白の地位を息子師通に譲り、大殿として後見しました。

藤原忠実と大殿の権威

藤原忠実が大殿であった時代、大殿の権威は頂点に達しました。長男の忠通に摂関の地位を譲った後も、広大な所領「宇治殿領」を引き続き保有し、後に「宇治殿領」は「京極殿領」と「高陽院領」に分割されましたが、預所の補任などは忠実が行っていました。

1150年（久安6年）、忠実は不仲になった忠通を義絶し、弟の頼長を藤氏長者にすることを宣言しました。これは大殿の権威を示す象徴的な出来事です。忠実は「京極殿領」を頼長に与え、摂関家の後継者として必要な物品を忠通から没収して頼長に与えました。しかし、朝廷の官職である関白から忠通を解任することはできず、頼長と忠通の間の政治的対立は激化しました。

皮肉にも、この大殿による藤氏長者の交代は、保元の乱、頼長の戦死、そして大殿の権威の失墜を招きました。後[[白河天皇]]は頼長の死を口実に忠通を藤氏長者に任じ、大殿が勝手に藤氏長者を任命することができなくなりました。さらに、忠実は頼長と共謀して挙兵を企てたという嫌疑をかけられ、宇治殿領没官の危機に陥りました。忠実は宇治殿領を忠通に譲渡して危機を回避しました。

大殿の権威の衰退

忠通以降、摂関家は殿下渡領の拡大に努め、大殿を含む個人の影響力を小さくする方向へ動きました。忠通も息子の基実に関白を譲って大殿となりましたが、程なくして死去し、基実も急逝したため、摂関の直系継承が断絶しました。これにより、大殿そのものが発生する可能性が低下し、藤氏長者とそれに付随する財産が摂関家と一線を画されるようになりました。

摂関の地位を巡る混乱の末、摂関に付随する「氏」（藤氏長者の地位、殿下渡領、摂関家寺院の管理権を含む）と、嫡流に継承される「家」（近衛家、九条家、そこから分離した3つの家）が分離し、「五摂家」が成立しました。摂関家の分立後も、九条道家のように強力な大殿が登場したり、大殿が内覧に任じられたりするケースもありましたが、大殿を摂関家の家長とする過去の形態は失われていきました。

江戸時代の用法

江戸時代の幕藩体制下では、後継藩主に家督を譲って隠居した先代もしくは先々代の藩主に対する尊称としても「大殿」が使われていました。これは、平安時代の摂関家における大殿の権威と影響力と、隠居した藩主の依然として強い影響力を重ね合わせて用いられたと考えられます。

まとめ

「大殿」は、平安時代から江戸時代にかけて用いられた、異なる文脈を持つ尊称です。摂関家における大殿は、かつては大きな権力と影響力を持っていましたが、時代と共にその権威は衰え、最終的には摂関家の家長としての役割を失っていきました。この変化は、平安時代後期から鎌倉時代にかけての政治構造の変化を反映しているといえるでしょう。

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