学歴貴族

学歴貴族とは

「学歴貴族」とは、近代日本において、特定の学歴を持つ者が社会的に特別な地位や影響力を持つことを指す言葉です。これは、あたかも貴族称号のように、その学歴が一目置かれる存在として機能していたことを比喩的に表現しています。特に戦前においては、旧制高等学校の出身者がその典型的な例として挙げられます。

当時の学校体系は、現在とは異なり複線型教育に近いものでした。太平洋戦争開戦よりもずっと前の時代、旧制高校の卒業生は、該当する年齢の男子人口のわずか1%にも満たないという稀少な存在でした。さらに、大学への進学自体が限られたものであり、その門戸は男子にのみ開かれていました。

旧制高校の生徒たちは、白線入りの学生帽にマントを羽織った姿で、多くの人々から憧れの眼差しを向けられていました。深窓の令嬢から町娘まで、彼らに恋焦がれる女性も少なくなかったと言われています。

教養主義

旧制高等学校の生徒といえば、デカルト、カント、ショーペンハウアーといった哲学者の著作を愛読する哲学青年や、文学に没頭する文学青年のイメージが強いでしょう。有名なデカンショ節も、彼らの間で愛唱されていました。「一高生はカントよりもカント的」という言葉があるように、第一高等学校（一高）の生徒たちは、哲学的な思索にふけることが多かったようです。

第一高等学校の校長であった新渡戸稲造は、生徒たちを文化活動や読書、精神的な修養へと導きました。彼の指導によって、「教養に基づく人格形成」という新たな価値観に触れた者も少なくありませんでした。旧制高等学校の雰囲気の中で育まれた「芳香としての教養主義」は、学問や文化に対する深い尊敬の念を生徒たちの心に残しました。

教養主義とは、自ら作品を創造し、独創性を誇示するのではなく、優れた作品に触れ、人類の文化の重みを知ることによって人格を形成しようとする思想です。それは、受動的、あるいは知の権威主義的と評されることもありますが、生涯にわたる学問や文化への畏敬の念を生み出す原動力となりました。

以下に、旧制高等学校の生徒たちが実際に読んでいた書籍の一例を挙げます。

文部省推薦図書（出典：文部省『文部省推薦図書時報』、第六集、1937年）

臼井成允　『信仰とその反省』
滝本誠一　『日本経済思想史』
太田正孝　『人情亡国論』
西晋一郎　『実践哲学概論』
高楠順次郎　『人文の基調としての仏教』
松本亦太郎　『両親のための一般心理学』
安岡正篤　『東洋倫理概論』
深作安文　『思想と国家』
得能文　『哲学講話』
小西重直　『母のための教育講話』
藤原咲平　『気象と人生』
西村真琴　『大地のはらわた』
池田林儀　『新興ドイツ魂』
石原純　『自然科学概論』
石井菊次郎　『外交余録』
深田康算　『深田康算全集』（第三巻）

再刊希望図書調査（昭和21年3月実施）

≪書籍別≫

阿部次郎　『三太郎の日記』
夏目漱石　『漱石全集』
西田幾多郎　『哲学論文集』
寺田寅彦　『寅彦全集』
河合栄治郎　『学生叢書』
トルストイ　『トルストイ全集』
西田幾多郎　『善の研究』
倉田百三　『愛と認識との出発』
阿部次郎　『人格主義』
森鷗外　『鷗外全集』

≪著者別≫

西田幾多郎
阿部次郎
和辻哲郎
河合栄治郎
夏目漱石
三木清
寺田寅彦
トルストイ
津田左右吉
森鷗外

重版書籍世論調査（昭和21年4月実施）

西田幾多郎　『善の研究』
阿部次郎　『倫理学の根本問題』
トルストイ　『戦争と平和』
田辺元　『哲学通論』
河合栄治郎　『社会思想史研究』
河合栄治郎　『学生と教養』
三木清　『哲学ノート』
西田幾多郎　『哲学論文集』4・5
キュリー　『キュリー夫人伝』
河合栄治郎　『学生と読書』

これらの書籍は、当時の学生たちがどのような知識や思想に触れていたのかを知る上で貴重な資料となります。

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