宴 (鉄道車両)
「宴（うたげ）」は、東日本旅客鉄道（JR東日本）が1994年（平成6年）に導入し、2019年（平成31年）まで保有していた鉄道車両、いわゆるジョイフルトレインの一種です。
JR東日本の東京地域本社では、当時既に「なごやか」や「江戸」といった和式客車編成を団体輸送、特に中高年層向けに運用していました。しかし、これらの車両では高まる需要に応えきれず、利用希望を断らざるを得ない状況が頻発していました。こうした背景から、新たな和式車両の投入が計画され、485系電車を基にした改造により誕生したのが「宴」です。
「宴」は、JR東日本としては初めてとなる、交直流両用電車を和式車両へ改造した事例です。このため、信号方式がATC専用の区間を除けば、JR東日本の電化区間を幅広く走行することが可能となりました。機関車による牽引が不要で、電車特有の高い走行性能を持つため、目的地までの所要時間を短縮できる利点がありました。この成功は、後に登場する他の485系改造和式車両の先駆けともなりました。
この編成は、いずれも既存の485系を種車としつつ、車体は新たに製造されたものです。6両編成で構成され、両端の先頭車はクロ484形・クロ485形、中間車はモロ484形・モロ485形に区分されます。車両番号は、既に存在した「シルフィード」や「リゾートエクスプレスゆう」といった改造電車の続番が付与されました。編成番号はG4+G5編成とされています。
6両全ての構体は東急車輌製造で製作されました。先頭車2両の最終組み立ては、JR東日本の大宮工場と大船工場がそれぞれ担当。中間車のうち3両は東急車輌製造、残りの1両は協力会社である司機工が担当しました。
各車両の詳細は以下の通りです。（カッコ内は旧形式、愛称、改造担当工場/メーカー）
1号車：クロ484-3（旧クハ481-22）「いこい」（改造・大船工場） - 定員24名
2号車：モロ484-5（旧モハ484-37）「ろばた」（改造・東急車輌製造） - 定員24名
3号車：モロ485-3（旧モハ485-37）「はなやぎ」（改造・東急車輌製造） - 定員28名
4号車：モロ484-4（旧モハ484-56）「にぎわい」（改造・東急車輌製造） - 定員24名
5号車：モロ485-2（旧モハ485-56）「ほほえみ」（改造・東急車輌製造） - 定員28名
6号車：クロ485-1（旧クハ481-25）「へいあん」（改造・大宮工場） - 定員24名
全車両がグリーン車として扱われました。
登場当初は小山電車区（現：小山車両センター）に配置されていましたが、2015年（平成27年）3月14日付けで高崎車両センターへ転属しました。
車両開発の基本方針は、和式車両の主要な利用目的である「車内での宴会」でした。ここから、開発コンセプトおよび車両愛称として「宴」が採用されました。
「宴」は「えん」とも読めることから、宴会の場における楽しさや和やかさをイメージさせるデザインが追求されました。
縁（えん）：人と人とのふれあいの楽しさ
円（えん）：和やかな心持ち
艶（えん）：華やいだ気分
車体の外部色は、日本の伝統色である「炎」（えん）をモチーフにした赤色（レッドビーン）とされました。シンプルながらも重厚感のある表現を目指し、窓の下部と車体裾部には金色の帯が配されました。
車体形状は、コンセプトの一つである「円」に通じる、丸みを帯びた柔らかな印象を与えるデザインが特徴です。前面ガラスは曲面ガラスを2枚組み合わせた構成で、往年の20系客車を彷彿とさせるスタイルです。正面窓の下部を内側にオフセットさせることで、電車らしい躍動感を表現する意図がありました。
車体断面は215系電車とほぼ同じ車両限界に収められましたが、パンタグラフ（PS26形）搭載部分の屋根高を下げる工夫により、中央本線高尾以西のような狭小トンネル区間への入線も可能でした。また、信越本線横川-軽井沢間の急勾配対策（横軽対策）も施されました。特に、横軽区間で連結されるEF63形電気機関車との連結は、運用経路の制約を減らすため、両先頭車（クロ484形・クロ485形）のどちらからでも可能な両渡り構造が採用されました。
床下機器や走行装置は種車の485系から流用されました。冷房装置は、各車両の車端部屋根上にAU714形集約分散式冷房装置が2基ずつ搭載されましたが、モロ484形のみパンタグラフを避ける形で内側に設置されています。
客室の内装は、木目調を基調としたベージュ系の色彩で統一されました。長時間の乗車でも快適に過ごせるよう、モロ484形を除く車両には掘りごたつ構造が採用されました。これは目的によって床全体をフラットにすることも可能な昇降装置を内蔵しています。モロ484形は低屋根構造のため掘りごたつとはせず、床は他の車両より若干下げた上で、全てフラットな状態とされました。
通路と座敷は一体化されていますが、通路側の窓下には上蓋式の荷物入れが設置され、その上蓋は腰掛けることもできる構造でした。各車両にはオートチェンジャー、ワイヤレスマイク、リモコン選曲式のカラオケ装置が備え付けられていました。側面窓のカーテンは、和紙のようなデザインのロールタイプが採用されています。
利用者が一度靴を脱いだら、他の車両へも靴を脱いだまま移動できるよう配慮されていました。このため、畳の下にスライド式の下足入れが設置されたほか、デッキには巻取り式の敷物が用意され、乗車後に乗務員らが展開して通路とする仕組みでした。
設備面では、1号車、3号車、6号車に洋式および男子小用の真空式トイレと洗面所が設けられました。5号車にはテレホンカード式の自動車用公衆電話が1台設置されていました。
乗務員室のすぐ後方は1段高くなったフリースペースの展望室とされ、3人掛けソファが2脚向かい合わせに配置されていました。乗務員室との仕切りは前面展望を確保するため、大型ガラス構造となっていました。また、3号車と5号車には休憩室が設けられ、宴会の賑わいから離れて一息つける空間となっていました。2号車と4号車にはミーティングルームが設置されていました。
「宴」は1994年（平成6年）6月19日の「落成記念号」から営業運転を開始しました。この初列車は東京駅発着でしたが、当時は長野新幹線関連工事のため東海道線の発着番線に余裕がなく、他の列車の運行を調整して東京駅の発着枠を確保したというエピソードがあります。
以降、主に団体専用列車や各種臨時列車として各地で運用されました。
「宴」は、種車である485系の車体更新として製造されましたが、落成から約25年間運用され、一部機器は種車から引き継がれたため使用期間が50年に及ぶものもあり、晩年は老朽化が目立つようになりました。
2019年（平成31年）2月23日の団体臨時列車をもって営業運転を終了。同年4月21日には「鉄道わくわくフェスティバルin新前橋」での車両展示が最後となりました。その後、4月25日から翌26日にかけて長野総合車両センターへ回送され、4月26日付けで廃車となりました。
参考文献:
交友社『鉄道ファン』1994年8月号 新車ガイド「JR東日本485系お座敷電車「宴」」
『鉄道ジャーナル』通巻334号（1997年6月号）
東急車輌製造『東急車輌技報』No.44（1994年） 製品紹介「JR東日本 485系（お座敷電車）」
概要
JR東日本の東京地域本社では、当時既に「なごやか」や「江戸」といった和式客車編成を団体輸送、特に中高年層向けに運用していました。しかし、これらの車両では高まる需要に応えきれず、利用希望を断らざるを得ない状況が頻発していました。こうした背景から、新たな和式車両の投入が計画され、485系電車を基にした改造により誕生したのが「宴」です。
「宴」は、JR東日本としては初めてとなる、交直流両用電車を和式車両へ改造した事例です。このため、信号方式がATC専用の区間を除けば、JR東日本の電化区間を幅広く走行することが可能となりました。機関車による牽引が不要で、電車特有の高い走行性能を持つため、目的地までの所要時間を短縮できる利点がありました。この成功は、後に登場する他の485系改造和式車両の先駆けともなりました。
車両
この編成は、いずれも既存の485系を種車としつつ、車体は新たに製造されたものです。6両編成で構成され、両端の先頭車はクロ484形・クロ485形、中間車はモロ484形・モロ485形に区分されます。車両番号は、既に存在した「シルフィード」や「リゾートエクスプレスゆう」といった改造電車の続番が付与されました。編成番号はG4+G5編成とされています。
6両全ての構体は東急車輌製造で製作されました。先頭車2両の最終組み立ては、JR東日本の大宮工場と大船工場がそれぞれ担当。中間車のうち3両は東急車輌製造、残りの1両は協力会社である司機工が担当しました。
各車両の詳細は以下の通りです。（カッコ内は旧形式、愛称、改造担当工場/メーカー）
1号車：クロ484-3（旧クハ481-22）「いこい」（改造・大船工場） - 定員24名
2号車：モロ484-5（旧モハ484-37）「ろばた」（改造・東急車輌製造） - 定員24名
3号車：モロ485-3（旧モハ485-37）「はなやぎ」（改造・東急車輌製造） - 定員28名
4号車：モロ484-4（旧モハ484-56）「にぎわい」（改造・東急車輌製造） - 定員24名
5号車：モロ485-2（旧モハ485-56）「ほほえみ」（改造・東急車輌製造） - 定員28名
6号車：クロ485-1（旧クハ481-25）「へいあん」（改造・大宮工場） - 定員24名
全車両がグリーン車として扱われました。
登場当初は小山電車区（現：小山車両センター）に配置されていましたが、2015年（平成27年）3月14日付けで高崎車両センターへ転属しました。
コンセプト
車両開発の基本方針は、和式車両の主要な利用目的である「車内での宴会」でした。ここから、開発コンセプトおよび車両愛称として「宴」が採用されました。
「宴」は「えん」とも読めることから、宴会の場における楽しさや和やかさをイメージさせるデザインが追求されました。
縁（えん）：人と人とのふれあいの楽しさ
円（えん）：和やかな心持ち
艶（えん）：華やいだ気分
車体の外部色は、日本の伝統色である「炎」（えん）をモチーフにした赤色（レッドビーン）とされました。シンプルながらも重厚感のある表現を目指し、窓の下部と車体裾部には金色の帯が配されました。
改造内容
車体形状は、コンセプトの一つである「円」に通じる、丸みを帯びた柔らかな印象を与えるデザインが特徴です。前面ガラスは曲面ガラスを2枚組み合わせた構成で、往年の20系客車を彷彿とさせるスタイルです。正面窓の下部を内側にオフセットさせることで、電車らしい躍動感を表現する意図がありました。
車体断面は215系電車とほぼ同じ車両限界に収められましたが、パンタグラフ（PS26形）搭載部分の屋根高を下げる工夫により、中央本線高尾以西のような狭小トンネル区間への入線も可能でした。また、信越本線横川-軽井沢間の急勾配対策（横軽対策）も施されました。特に、横軽区間で連結されるEF63形電気機関車との連結は、運用経路の制約を減らすため、両先頭車（クロ484形・クロ485形）のどちらからでも可能な両渡り構造が採用されました。
床下機器や走行装置は種車の485系から流用されました。冷房装置は、各車両の車端部屋根上にAU714形集約分散式冷房装置が2基ずつ搭載されましたが、モロ484形のみパンタグラフを避ける形で内側に設置されています。
客室
客室の内装は、木目調を基調としたベージュ系の色彩で統一されました。長時間の乗車でも快適に過ごせるよう、モロ484形を除く車両には掘りごたつ構造が採用されました。これは目的によって床全体をフラットにすることも可能な昇降装置を内蔵しています。モロ484形は低屋根構造のため掘りごたつとはせず、床は他の車両より若干下げた上で、全てフラットな状態とされました。
通路と座敷は一体化されていますが、通路側の窓下には上蓋式の荷物入れが設置され、その上蓋は腰掛けることもできる構造でした。各車両にはオートチェンジャー、ワイヤレスマイク、リモコン選曲式のカラオケ装置が備え付けられていました。側面窓のカーテンは、和紙のようなデザインのロールタイプが採用されています。
利用者が一度靴を脱いだら、他の車両へも靴を脱いだまま移動できるよう配慮されていました。このため、畳の下にスライド式の下足入れが設置されたほか、デッキには巻取り式の敷物が用意され、乗車後に乗務員らが展開して通路とする仕組みでした。
設備面では、1号車、3号車、6号車に洋式および男子小用の真空式トイレと洗面所が設けられました。5号車にはテレホンカード式の自動車用公衆電話が1台設置されていました。
乗務員室のすぐ後方は1段高くなったフリースペースの展望室とされ、3人掛けソファが2脚向かい合わせに配置されていました。乗務員室との仕切りは前面展望を確保するため、大型ガラス構造となっていました。また、3号車と5号車には休憩室が設けられ、宴会の賑わいから離れて一息つける空間となっていました。2号車と4号車にはミーティングルームが設置されていました。
運用
「宴」は1994年（平成6年）6月19日の「落成記念号」から営業運転を開始しました。この初列車は東京駅発着でしたが、当時は長野新幹線関連工事のため東海道線の発着番線に余裕がなく、他の列車の運行を調整して東京駅の発着枠を確保したというエピソードがあります。
以降、主に団体専用列車や各種臨時列車として各地で運用されました。
「宴」は、種車である485系の車体更新として製造されましたが、落成から約25年間運用され、一部機器は種車から引き継がれたため使用期間が50年に及ぶものもあり、晩年は老朽化が目立つようになりました。
2019年（平成31年）2月23日の団体臨時列車をもって営業運転を終了。同年4月21日には「鉄道わくわくフェスティバルin新前橋」での車両展示が最後となりました。その後、4月25日から翌26日にかけて長野総合車両センターへ回送され、4月26日付けで廃車となりました。
参考文献:
交友社『鉄道ファン』1994年8月号 新車ガイド「JR東日本485系お座敷電車「宴」」
『鉄道ジャーナル』通巻334号（1997年6月号）
東急車輌製造『東急車輌技報』No.44（1994年） 製品紹介「JR東日本 485系（お座敷電車）」
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