小ザブ川

小ザブ川：古代から現代まで人々の生活を支える川

小ザブ川（Little Zab/Lower Zab）は、イラン北西部を源流とし、イラクのクルディスタン地域を流れ、最終的にティグリス川に合流する、全長約400キロメートルの河川です。流域面積は約22,000平方キロメートルに及び、古代から人々の生活、文化、歴史に深く関わってきました。

川の流れと特徴

小ザブ川は、ザグロス山脈の標高約3,000メートルの地点から湧き出ています。上流部では、山脈に沿って北西から南東へ流れ、山峡部で急激に方向を変えながら、ドゥカン（Dukan）の南で平野部に入り、西に進路を変えます。その後、アルトゥン・コプリ（Altun Kopri）のやや上流で南西に転じ、最終的にアル＝ザブ（Al-Zab）の町近くでティグリス川と合流します。

川の長さについては、いくつかの異なる推計値があり、380キロメートル、400キロメートル、456キロメートルなどとされています。川の一部はイランとイラクの国境を形成し、下流域ではイラクのアルビール県（Erbil Governorate）とスレイマニヤ県（Sulaymaniyah Governorate）の境界線となっています。水源は主に雪解け水と降雨であり、春（2月から3月）に流量のピークを迎え、夏（7月から8月）に最も少なくなります。平均流量は毎秒197.8立方メートル、最大流量は毎秒3420立方メートルを記録しています。年間平均流量は7.2立方キロメートルです。古くから「暴れ川」として知られており、中世アラブの地理学者たちは、小ザブ川と大ザブ川を「悪魔が取り付いている」と表現したと言われています。

流域の環境と生態系

小ザブ川の流域は、標高3,000メートルを超えるザグロス山脈から、低地の平原部まで、多様な地形と気候帯を含みます。流域の大部分（約74％）はイラク国内にありますが、一部はイランに属しています。北側では大ザブ川の流域と、南側ではアドハイム川（Adhaim River）およびディヤラ川（Diyala River）の流域と接しています。河谷は、浸食によって運ばれた砂利や砂の層で満たされており、ラニヤ平原（Ranya Plain）は流域で最大の河谷です。

流域では、年間降水量が上流のイラン側で1,000ミリメートル以上であるのに対し、下流のティグリス川合流地点付近では200ミリメートル未満と、大きな差が見られます。平均気温も同様の勾配を示し、山間部では冬が厳しく、平野部では夏が暑くなる傾向があります。ザグロス山脈の高地では、森林限界が標高約1,800メートルの位置にあり、それ以上の標高では草や灌木が主な植生となります。標高1,800メートルから610メートルの間ではオークの森が広がっていましたが、元の植生はほとんど失われています。川沿いには、湿地を好む植物や、排水が滞った湿地帯特有の植生が見られます。平野部、特にアルビールの平原では耕作が盛んですが、自然の植生も残っています。

河川改修とダム

小ザブ川流域では、水量調整や灌漑、水力発電のために複数のダムが建設されています。イラク国内にはドゥカン・ダム（Dokan Dam）とディビス・ダム（Dibis Dam）の2つのダムがあります。ドゥカン・ダムは1957年から1961年にかけて建設されたマルチプルアーチダムで、ドゥカンの町の上流に位置しています。このダムは、高さ116メートル、全長360メートルで、ドゥカン湖という貯水池を持ち、水力発電も行っています。ディビス・ダムは、ティグリス川との合流地点から約130キロメートル上流に位置し、1960年から1965年にかけて建設されたフィルダムで、キルクーク（Kirkuk）に灌漑用水を供給しています。また、イランではサルダシュト・ダム（Sardasht Dam）が建設中で、さらに上流には水力発電用のダム建設も計画されています。

歴史と考古学

小ザブ川流域は、古代から人類が居住していた地域であり、重要な考古学的遺跡が数多く存在します。ザグロス山脈地域では、前期旧石器時代から人の居住が確認されており、中期旧石器時代のバルダ・バルカ（Barda balka）遺跡では、後期アシュール文化の石器が見つかっています。また、ネアンデルタール人が使用していたムスティエ文化の石器も発見されており、この地域が初期の人類の活動拠点であったことが示唆されています。

新石器時代には、植物栽培と動物の家畜化が進み、ジャルモ（Jarmo）のような新石器時代の村落が形成されました。その後、ウバイド期（Ubaid period）、ウルク期（Uruk period）、ニネヴェ5期（Ninevite 5 period）にも人が居住していたことが、テル・シェムシャラ（Tell Shemshara）などの遺跡の発掘調査によって明らかになっています。また、アルビール城塞からも史料が発見され、この地域が古代から重要な場所であったことを裏付けています。

歴史時代に入ると、この地域はメソポタミアの帝国や王国による支配の影響を受けるようになります。ウル第3王朝の王シュルギ（Shulgi）がアルビールに言及し、アッシリアやミタンニ王国の支配下にも置かれました。テル・シェムシャラからは、当時の総督がシャムシ・アダド1世（Shamshi-Adad I）の臣下となったことを示す楔形文字粘土板文書が発見されています。アッシリア崩壊後は、メディア王国、アケメネス朝、セレウコス朝がこの地域を支配しました。

小ザブ川は、豊かな水資源と肥沃な土地を提供し、古代から現代に至るまで人々の生活を支えてきました。その歴史と文化は、多くの遺跡や歴史資料を通して知ることができます。

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