小向 (川崎市)

神奈川県川崎市幸区小向：多摩川河川敷に残る歴史と現在

小向（こむかい）は、神奈川県川崎市幸区にある大字です。古くは橘樹郡川崎領小向村として知られており、現在も住居表示未実施区域として、独自の郵便番号を持たずに存在しています。その面積は47.5ヘクタールと比較的広く、人口は非常に少ないのが特徴です。近隣には「小向」を冠した小向東芝町、小向町、小向西町、小向仲野町といった町名がありますが、これらは小向から分立したものです。

小向の地理

小向は多摩川の河川敷全体を占めており、川崎競馬場小向厩舎の練習コースや、アール・エフ・ラジオ日本川崎幸放送局の送信アンテナなどが設置されています。東側は多摩川を挟んで東京都大田区の多摩川・西六郷と、西側は戸手、小向町、小向仲野町、古市場と隣接しています。

小向の歴史

中世

『新編武蔵風土記稿』には、小向の開墾に関わった人物の記録が残されています。これらの開墾者には小田原北条氏（後北条氏）の支配下にあった武士も多く含まれており、北条氏の旧臣による開拓地であった可能性が高いと考えられます。北条氏滅亡後、徳川家康の江戸入府の際、家康は小向から多摩川を渡ったことが『天正日記』に記されています。

近世

江戸時代初期、小向は天領でしたが、後に増上寺に寄進されました。そのため、増上寺への年貢や賦役を負担する代わりに、幕府からの助郷や国役金といった負担が、幕末の元治期まで免除されていました。

村高は、正保期の『武蔵田園簿』では173石4斗あまり、『元禄郷帳』以降幕末の『旧高旧領取調帳』までは175石2斗あまりとほぼ一定でした。多摩川の氾濫が多かったため農業生産力は高くなかったものの、浸水に強い梅の栽培が寛文頃より始まり、最盛期には村全体の面積の6～7割を占めるほどになりました。また、多摩川からの砂利採取も行われていましたが、当初は江戸の町人が採掘権を持っていました。1807年（文化4年）、村側は周辺の村と共同で、採掘権の村への返還を願い出ました。
『新編武蔵風土記稿』によると、当時、小向の家数は68軒でした。

明治以降

1871年（明治4年）の大洪水で梅林は壊滅的な被害を受け、面積は20町歩から7町歩に減少しました。しかし、1880年（明治13年）、成島柳北が朝野新聞に「小向村探梅の記」を掲載したことで、小向の梅林は観光地として注目を集めるようになり、1884年（明治17年）には明治天皇も行幸されました。1889年（明治22年）の町村制施行で、小向村は他の7村と合併し、明治天皇の行幸にちなんで「御幸村」となりました。大正から昭和にかけて梅林は衰退し、現在では御幸公園に移植された梅がその名残りを留めているのみです。

一方、1888年（明治21年）には堤外に煉瓦工場が建設され、1937年（昭和12年）には東京無線（現・東芝）が工場を建設するなど、工業地としての利用も進みました。戦後、耕地整理、区画整理、住居表示の施行により、小向東芝町、小向町、小向西町、小向仲野町が分立し、小向は河川敷のみとなりました。現在、その広い河川敷には、川崎競馬場の練習コースやアール・エフ・ラジオ日本の送信施設などが設置されています。

小向の地名の由来

『新編武蔵風土記稿』には、地名の由来について「北向」からの転訛、あるいは「北向」の草書体の誤読ではないかという説が記されていますが、最初から「小向」であったとする説もあります。多摩川に突き出した地形に由来するという説も存在しますが、正確な由来は不明です。

小向の沿革

戦国時代：後北条氏旧臣による開墾と推測される。
1590年（天正18年）：徳川家康が江戸入府の際に当地を通過。
1717年（享保2年）：増上寺に寄進される。
1868年（明治元年）：明治維新、神奈川県所属となる。
1874年（明治7年）：大区小区制施行。
1884年（明治17年）：明治天皇行幸。
1889年（明治22年）：町村制施行により御幸村成立、小向は大字となる。
1912年（明治45年）：神奈川県と東京府の境界変更に伴う飛び地の交換。
1924年（大正13年）：川崎市成立。
1940年（昭和15年）：御幸梅林への梅の集約。
1945年（昭和20年）：東京大空襲の被害。
1952年（昭和27年）：耕地整理により小向東芝町、小向仲野町が分立。
1954年（昭和29年）：区画整理により小向西町が分立。
1959年（昭和34年）：アール・エフ・ラジオ日本アンテナ設置。
1972年（昭和47年）：川崎市政令指定都市移行。
1976年（昭和51年）：一部住居表示施行、小向町成立。河川敷のみが残る。

小向の交通

道路

多摩沿線道路

渡船

明治から大正にかけては、多摩川を渡る渡船が運航されていました。現在では、当地から多摩川を渡る交通手段はありません。

小向の主な施設

川崎競馬場小向厩舎練習馬場
アール・エフ・ラジオ日本川崎幸放送局送信施設

参考文献

『川崎の町名』日本地名研究所 編、川崎市、1995年
『川崎地名辞典（上）』日本地名研究所 編、川崎市、2004年
『角川日本地名大辞典 14 神奈川県』角川書店、1984年
幸区地誌刊行会『川崎 幸区地誌』有隣堂、1989年
「小向村」『新編武蔵風土記稿』巻ノ72橘樹郡ノ15、内務省地理局、1884年6月

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