小田平集落

小田平集落：隠れキリシタンが築いた石積みの集落

小田平集落は、長崎県長崎市西出津町に位置する、かつての郷名であり、現在も自治会名としてその名が残っています。この集落は、隠れキリシタンたちが切り拓いた歴史を持ち、その独特な景観は、文化財保護法に基づき「長崎市外海の石積集落景観」として重要文化的景観に選定されています。さらに、この集落は世界遺産「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の構成資産の一部としても登録されており、その文化的、歴史的な重要性が高く評価されています。

地理的特徴と歴史

小田平集落は、西彼杵半島のほぼ中央、角力灘に面した場所にあります。大野岳の南に伸びる尾根の先端、変岳の裾野の南斜面に位置し、海抜0～100メートル付近の出津川西岸の河岸段丘に集落が形成されています。この地域はリアス式[[海岸]]のため、陸路でのアクセスが困難であり、その地形的な特徴が、キリシタンが隠れ住むのに適していたと考えられています。

地質的には、地中に結晶片岩が埋まっており、火山灰酸性土壌であるため、急峻な地形と相まって土壌流出が起こりやすいという特徴があります。そのため、農業には不向きな土地柄でしたが、その反面、石積みが発展する要因となりました。

小田平の歴史は古く、出津川河口の海岸からは縄文時代・弥生時代の遺跡が発見されています。戦国時代には、この地域はキリスト教が広まり、多くの人々がキリシタンとなりました。しかし、1612年の禁教令により弾圧が始まると、多くのキリシタンが五島列島などに逃れました。その一方で、小田平は佐賀藩の飛地であったため、弾圧の手が及びにくく、一部の人々が潜伏キリシタンとして残りました。

寺請制度によって村単位で寺社が設けられましたが、小田平には現在に至るまで寺社が存在しません。小田平の人々は、表向きは近隣の神社や寺院の氏子や檀家となり、信仰を隠しながら生活を送っていました。特に、天福寺は、キリシタンであることを承知で受け入れ、本堂にマリア観音を安置するなど、特異な信仰形態を育みました。

1871年には、小田平を含む外海一帯で隠れキリシタンが発覚する一斉検挙が行われました。その後、1877年にド・ロ神父が赴任したことで、カトリックに復帰しました。

石積みの景観

小田平集落の最も特徴的な景観は、石積みです。集落は、畑作や林業が主体の「上」と、漁業が主体の「下（浜口）」で構成されており、石積みは集落全体に広がっています。石積みの起源は、獣害避けのしし垣であったと考えられていますが、遅くとも17世紀には確立したとされています。石積みの発展は、以下の4つの段階に分けられます。

Ⅰ期（江戸時代）: 隠れキリシタンが開墾し、畑の基壇壁や家屋の土台、漁港の係留施設など、生活のあらゆる場面で石積み技術が活用されました。
Ⅱ期（明治時代）: ド・ロ神父の入植により、西洋の建築技術が導入され、家屋の建築にも石積みが応用されました。
Ⅲ期（戦前まで）: 農地改良や生活様式の変化により、耕作地での石積みの用途が減少し、自動車道が整備されるなど、集落の景観も変化しました。
Ⅳ期（戦後）: 国道の開通や港湾整備などにより、海岸や川岸の石積護岸が失われた一方で、文化財としての価値が見直され保護活動も行われるようになりました。

産業と生活

小田平を含む西出津では、現在でも稲作は行われておらず、畑作、林業、漁業が主な産業となっています。かつては、サツマイモ、ムギ、ソバ、大豆などの作物が栽培されていましたが、近年では西洋野菜や果樹も生産されています。ド・ロ神父は、茶や小麦の栽培も奨励しました。

海産物は、魚介類や海藻が水揚げされていましたが、主に自給自足の食料として消費されていました。農肥料は、刈敷と魚油に頼っていましたが、潮風による塩害が深刻であったため、石積みは防風の役割も担っていました。

現金収入源としては、林業でヒノキ、スギ、マツなどの木材を切り出したり、炭焼きを行ったりしていました。また、石積みに使われる結晶片岩の雲母は、工業化が進むと長石粉としても利用されました。

現在の小田平

小田平を含む西出津町の人口は、2010年の国勢調査で211世帯568人です。小田平を含む出津町には、現在も「カクレキリシタン」の信仰を継承する人々がおり、一般社会と共存しながらも独自の信仰を守り続けています。

小田平集落は、その独特な景観と歴史的背景から、世界遺産に登録されました。しかし、人口減少や高齢化、後継者不足による離農など、多くの課題も抱えています。この貴重な文化遺産を後世に伝えるためには、継続的な保護活動と地域活性化に向けた取り組みが求められています。

小田平集落