小谷 (五箇山)

小谷（おたに）

小谷（おたに）は、現在の富山県南砺市五箇山地域に、主に中世から近世にかけて用いられた歴史的な地域区分の一つです。地元では富山方言の影響で撥音化し、「おたん」とも読まれています。五箇山の名称は、赤尾谷（あかおだに）、上梨谷（かみなしだに）、下梨谷（しもなしだに）、利賀谷（とがだに）、そしてこの小谷の「五つの谷」から構成されることに由来すると考えられています。地理的には、小谷川が庄川に合流する地点から下流にかけての庄川沿岸に位置する集落群を含み、かつての平村東部と利賀村北西部にまたがる領域に相当します。

歴史

中世

五箇山地域は古くから開かれた地ではなく、平家や南朝の落人たちが隠れ住み、徐々に集落が形成されていったと伝えられています。小谷地域においては、城村に平家の落人である城小太郎が潜伏したという伝承が残されています。室町時代前半には、砺波郡平野部に勢力を持った井口氏を通じて、「梨谷と利賀谷」すなわち五箇山地域から年貢が徴収されていた記録があり、この時期は荘園制の支配の末端に組み込まれていたと考えられます。しかし、室町時代後半になると、浄土真宗の教えが急速に五箇山地域に広がり、戦国時代にかけては武家領主の支配から離れ、一向一揆による強い影響下に入りました。歴史家の奥田直文氏は、「五箇山」という地名が一向一揆による支配体制の確立とほぼ同時に現れたことに注目し、それまでの荘園に規定された地域単位とは異なる、新たな原理に基づく地域結合体であったと指摘しています。永正10年（1513年）の史料には「越中国利波郡五ヶ山之内常楽寺下 小谷島」という記述があり、これが「五箇山」そして「小谷」という名称が文献上に初めて現れた例とされています。この「小谷島」が具体的にどの場所を指すかについては諸説ありますが、利賀谷から小谷へ勢力を広げた常楽寺との関連や、高草嶺集落が利賀谷との交流が深かったことから、高草嶺集落内の入谷島を指す可能性が有力視されています。天文21年（1552年）に作成された五箇山十日講起請文には、赤尾谷、上梨谷、下梨谷、小谷、利賀谷という五つの谷ごとに有力者の署名が確認できます。この文書から、当時の五箇山は既に中世的な領主が存在せず、村々が自治的な運営を行っていたこと、そして旧来の国衙領の単位ではなく、五つの谷を単位とした村落連合を形成していたことがわかります。小谷に関しては、この起請文の中に現在に繋がる複数の集落名（入谷、高草嶺、大崩島、下原、祖山など）が既に見られます。

近世

戦国時代を通じて一向一揆の支配が続いていた五箇山ですが、天正13年（1585年）に佐々成政による制圧を受けた後、加賀藩前田家の統治下に組み込まれました。加賀藩は当初、下梨村の市助を代官とし、その下に中世以来の「五つの谷」に由来する「与頭」あるいは「与合頭」と呼ばれる各地域の代表者を置く体制をとりました。元和5年（1619年）や寛永7年（1630年）の史料には、利賀、小谷、下梨谷、上梨谷、赤尾谷という五組の存在が記録されており、寛永元年（1661年）の文書には、代官と五名の与合頭が連名で署名した例も見られます（小谷の与合頭は入谷村の甚助）。しかし、この代官と与頭による体制は比較的早い段階で廃止され、五箇山は東西二つの十村組（後に「利賀谷組」と「赤尾谷組」と称される）によって支配される体制へと再編されました。このうち東半を管轄した「利賀谷組」に、かつての小谷と利賀谷に含まれる集落が組み込まれました。これにより、「五つの谷」ごとの地域区分は、住民間の活動や慣習の中には残されたものの、加賀藩の公式な行政機構上ではその地位を失い、公的な文書で言及されることはなくなりました。この支配体制の変化は、五つの谷を単位とする自治的な傾向が強かった五箇山のあり方が、加賀藩による統制強化の中で近世的な村落へと移行していく過程を示すものでした。また、江戸時代の五箇山は流刑地としても知られていましたが、小谷地域では大崩島や祖山といった庄川右岸の集落が流刑人の配流先として定められていました。特に祖山集落は、「籠渡ししかなく道がなく、里方へ出る脇道もない、山越えもできない」と称されるほど隔絶された地であり、加賀騒動に関与した大槻伝蔵が流刑された場所としても知られています。大槻伝蔵は流刑地で自害したとされ、その監督責任を問われて祖山集落の住民が処分されたという逸話も伝えられています。

近現代

明治維新を経て町村制が施行されると、従来の「五つの谷」や近世の「五箇山両組」とも異なる行政区分として、上平村、平村、利賀村の「五箇三村」が成立しました。この行政区分の根拠となったのは、江戸時代の城端方面と井波方面という商圏上の区分でした。まず「下梨村外四十三ヶ村」と「下原村外二十五ヶ村」に分けられ、前者がさらに分割されて上平村と平村となり、後者が利賀村を形成したため、小谷地域は北部が利賀村に、南部が平村に属することになりました。平村に組み込まれた小谷南部の地域では、合併後も下出、東中江、入谷、高草嶺、寿川、大崩島などの集落が「小谷地区」として一体的な地域認識を保ち、「小谷百人講」や「小谷青年団」といった地域組織が活動していました。平村内には小谷南部のほか、下梨谷全域、上梨谷東半が含まれていましたが、これら三つの地域では方言や文化に違いがあることが認識されており、五箇山出身の歴史家である高桑敬親は、小谷から利賀方面の方言を「粘にして麗」と評しています。一方、利賀村に組み込まれた小谷北部の地域は、利賀谷最北部の集落と合わせて「口山地区」と呼ばれ、一体的な地域と見なされていました。明治時代の交通事情が非常に悪かった頃には、口山地区から利賀集落にある役場への往来が困難であったため、分村を求める建議書が出されたこともありました。昭和40年代頃からは、人口減少対策として口山地区の観光開発が進められ、特に大牧温泉は「船でしか行き来できない秘境の一軒宿」として全国的に知られる存在となっています。これら「五箇三村」は21世紀初頭に南砺市に合併し、現在では「小谷地域」というまとまりが強く意識される機会は減りましたが、小谷企画株式会社や小谷麦屋節保存会など、地域の名称の中にその名が今も残されています。

小谷地域には、入谷（にゅうだに）、下出（しもで）、東中江（ひがしなかえ）、高草嶺（たかそわれ）、大崩島（おおずりしま）、寿川（すごがわ）、祖山（そやま）、下原（しもはら）、栃原（とちはら）、新山（しんやま）、仙野原（せんのはら）、北原（きたはら）、長崎（ながさき）、重倉（しげくら）、大牧（おおまき）といった集落が存在します。これらのうち、祖山以南の集落が旧平村に、新山以北の集落が旧利賀村に属していました。

（参考文献：『利賀村史』、『平村史』、富山県史など）

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