幹部候補生 (日本軍)

日本陸軍幹部候補生制度

日本陸軍における幹部候補生（かんぶこうほせい）とは、中等教育以上の学歴を有する志願者の中から選抜され、比較的短い期間で兵科または各部の予備役将校、あるいは予備役下士官となるための教育を受けた者を指します。場合によっては「幹候」と略称されました。日本陸軍では、下士官以上の階級にある者が部隊の幹部という位置づけでした。

この制度は1927年（昭和2年）12月、それまでの「一年志願兵制度」を改めて創設され、1945年（昭和20年）8月の終戦まで存続しました。制度が始まった当初は、主に予備役将校の養成を目的としていましたが、1933年（昭和8年）5月の改正以降は、修業期間の途中で予備役将校を目指す「甲種幹部候補生」と、予備役下士官を目指す「乙種幹部候補生」に区分されるようになりました。本項では、幹部候補生制度の前身である一年志願兵、および1944年（昭和19年）に派生した「特別甲種幹部候補生」についても解説します。

制度の背景：現役と予備役

軍隊は、戦争や事変といった有事の際に多数の人員が必要となりますが、平時には財政的な制約から必要最小限の規模で運用することが理想とされます。このため、常備兵力の中で、有事・平時を問わず常に勤務にあたる将兵を「現役」とし、その定数を制限しました。一方で、現役期間を終えた兵や、健康上の理由などで定年前に軍務を離れた将校・准士官・下士官は「予備役」に編入され、必要な場合にのみ召集される「在郷軍人」として民間での生活を送ることで、有事の際の人員を確保する仕組みとなっていました。

兵士については、毎年一定数が徴兵されて現役兵となり、平時であれば陸軍は2年（1927年以前は3年）で現役満期となり予備役へ編入されるため、比較的容易に補充が可能でした。これに対し、現役将校となる者は正規の士官学校教育などを経ており、もともと数が多くありませんでした。さらに、健康上の理由などから若くして予備役となる者は限られており、有事の際に十分な予備役将校を確保することが困難でした。そのため、現役将校とは別に、最初から予備役の将校や下士官を養成することを前提とした特別な補充課程が必要とされたのです。

沿革：一年志願兵から幹部候補生へ

一年志願兵制度

日本陸軍における予備役幹部補充の初期の制度は、1889年（明治22年）1月に定められた「一年志願兵」制度です。これは、ドイツの制度を参考に導入され、中等教育以上の学歴を持つ満17歳から26歳までの志願者のうち、兵役中の食費や被服費などを自己負担することを条件に、通常の兵役期間（現役3年、予備役4年）を現役1年、予備役2年に短縮するという特例でした。これは、学識のある者に対し、国の財政負担を肩代わりさせる代わりに兵役上の優遇を与えるという趣旨でした。

一年志願兵は、入隊後に部隊で勤務・教育を受け、勤務成績が良好で予備役士官としての教育に耐えうると認められた者は、満期時に試験に合格すれば二等軍曹として予備役へ編入されました。さらに、予備役将校として補充が必要な場合は、予備役編入の翌年に最低3ヶ月間、予備見習士官として勤務演習に召集され、最終試験に合格することで予備役少尉に任官する資格を得ることができました。

一年志願兵制度は、何度かの改正を経て、費用負担や居住に関する規定などが変更されつつ、1927年（昭和2年）に廃止されるまで存続しました。日露戦争での予備役将校の投入によりその有用性が確認され、明治・大正期を通じて予備役幹部の主要な供給源となりました。

旧制幹部候補生制度

1927年（昭和2年）12月、兵役法および改正陸軍補充令の施行に伴い、一年志願兵制度が廃止され、新たに「幹部候補生制度」が創設されました。この制度も予備役士官の補充を目的とし、学歴などの資格条件を満たし、学校教練検定に合格した志願者が対象でした。当初は、修業期間中の費用を自己負担する規定や原則無給（演習召集時などを除く）である点など、一年志願兵制度の名残が強く見られました。

幹部候補生は、各兵科や経理・衛生・獣医といった各部に設定され、陸軍大臣が定めた部隊に入営し、予備役士官に必要な勤務や軍事学を習得しました。入営後の修業期間や、期間中に与えられる階級は、入営前の学歴によって異なっていました。修業期間の終わりに終末試験が行われ、合格者は銓衡会議を経て予備役将校（少尉相当官）に任じられる資格を得て、予備役へ編入されました。不合格者も下士官として適すると判断されれば、予備役下士官として編入される場合がありました。

甲乙種制幹部候補生制度

1931年（昭和6年）に満州事変が発生し、軍備の拡充が図られる中で、幹部候補生制度も変更されました。1933年（昭和8年）5月施行の陸軍補充令改正では、自己負担の規定が廃止され、手当が支給されるようになります。また、採用対象が民間の有資格者から、徴兵検査時に幹部候補生を志願し、現役兵として3ヶ月以上在営した者の中から選抜される形に改められました。

採用された幹部候補生は、ただちに一等兵とされ、採用から3ヶ月後に成績に基づき、予備役将校となる「甲種幹部候補生」と予備役下士官となる「乙種幹部候補生」に区分されました。この改正により、幹部候補生の修業期間は学歴による差がなくなり、入営日より満1年間とされました。期間中の階級付与も規定され、甲種は軍曹まで、乙種は上等兵まで進むとされました。

甲種候補生は、修業終了時の試験と勤務成績により予備役将校となる資格を得て予備役となり、その後召集されて予備役見習士官として士官勤務に服した後、任官資格を得ました。乙種候補生は下士官となる資格を得て予備役となりました。

学校教育と二年修業制への移行

1937年（昭和12年）に日中戦争が始まり大規模な動員が行われると、予備役将校・下士官の重要性が一層高まりました。従来の部隊ごとの教育では、複雑化する戦闘や新兵器の運用に対応できる指揮官を育成するには不十分であるとの認識から、教育の強化が図られます。同年12月には、甲種幹部候補生に対し、予備役見習士官として陸軍教導学校などで集合教育を行うことが始まりました。

1938年（昭和13年）4月、陸軍補充令が再び改正され、幹部候補生制度は大きく変更されます。より広い範囲から優秀な人材を確保し、即戦力となる教育を行うため、幹部候補生の対象は「兵として概ね4ヶ月以上在営した者（召集兵を含む）」に拡大されました。また、技術従事兵科や経理部における採用資格も緩和されました。

この改正の主要な変更点の一つは、甲種幹部候補生の教育を原則として陸軍予備士官学校などの軍学校における集合教育としたことです。教育期間は約11ヶ月間と定められました。もう一つは、幹部候補生の修業期間が延長されたことです。現役の新兵から採用された者は入営日から満2年、その他の兵から採用された者は採用から1年8ヶ月とされました。期間中の階級は、採用後およそ7ヶ月で軍曹、教育修了後に曹長に進み、見習士官として部隊で将校勤務を習得する流れとなりました。見習士官勤務を約4ヶ月務めた後、銓衡会議を経て予備役少尉に任官しました。

制度の終焉まで

学校教育・二年修業制への移行後も、戦局の拡大に伴い制度は細部が変更されました。1940年（昭和15年）には技術部が、1942年（昭和17年）には法務部が新設され、それぞれ幹部候補生が採用されました。法務部候補生には甲乙種の区分がなく、全員が将校教育を受けました。

日中戦争の長期化や太平洋戦争の開戦により、将校・下士官の需要が急増し、幹部候補生は大量に採用されました。高等教育機関の学生が徴兵された「学徒出陣」の対象者からも、多数の幹部候補生が採用されています。また、急速な幹部補充のため、修業期間は適宜短縮されていきました。1944年（昭和19年）4月の改正では、幹部候補生採用時に上等兵が付与され、兵長に進むといった階級付与の基準も変更されています。

1945年（昭和20年）8月、日本の終戦に伴い、幹部候補生制度はその歴史に幕を閉じました。制度の根拠であった陸軍補充令も翌年に廃止されました。

甲種幹部候補生の教育施設

1938年の制度改正により、甲種幹部候補生の教育は原則として軍学校で行われることになりました。歩兵科では主に陸軍予備士官学校が中心でしたが、陸軍歩兵学校なども利用されました。他にも、騎兵学校、戦車学校、野戦砲兵学校、工兵学校、通信学校など、各種兵科の学校内に幹部候補生隊が編成されて教育が行われました。航空兵科の候補生は、航空関係諸学校で専門教育を受けました。各部の候補生も、経理学校、軍医学校、獣医学校、法務訓練所といった専門の学校で教育を受けました。また、戦地の部隊では、南方軍や支那派遣軍などが独自の幹部候補生教育部隊を組織することもありました。

特別甲種幹部候補生

太平洋戦争中の1944年（昭和19年）5月、戦局切迫による急速な予備役将校補充のため、従来の幹部候補生制度から派生した「特別甲種幹部候補生」制度が創設されました。これは、主に高等教育機関に在学する者から、兵の階級を経ずに直接選抜し、予備役将校とするための特例制度でした。略して「特甲幹」とも呼ばれます。

海軍の予備学生制度に対抗し、優秀な人材を確保するため、採用資格は高等教育機関の在学者に限定され、兵籍上は「陸軍生徒」として扱われました。修業期間は当初1年6ヶ月とされ、入校または入隊時に伍長、約1年間の集合教育修了後に曹長となり見習士官として部隊で勤務を習得し、将校として適すると認められれば少尉に任官する規定でした。

戦局の悪化により、特別甲種幹部候補生の修業期間は大幅に短縮され、階級昇進も前倒しされました。これは、本土防衛に向けた大量の部隊編成に伴う指揮官の緊急補充のためでした。終戦時には、見習士官となっていた一部の者が少尉任官を果たしましたが、多くの候補生は修業期間中に終戦を迎えました。

他の候補生制度との比較

陸軍には、幹部候補生以外にも将校や下士官の補充を目的とした様々な「候補生」制度が存在しました。主なものとの違いは以下の通りです。

士官候補生：陸軍士官学校などで教育を受け、現役の正規将校（職業軍人）となる者を養成する制度です。予備役を目的とする幹部候補生とは根本的に異なります。
軍医候補生（臨時特例）：医師免許を持つ者を対象に、短期現役の軍医を速成するための制度で、採用時の階級や修業期間、短期現役である点が衛生部幹部候補生と異なります。
操縦候補生：民間で飛行機操縦技能を習得した者を対象に、予備役操縦将校を養成する制度で、民間での技能習得を前提とする点が異なります。
技術候補生（臨時特例）：理工系大学などを卒業した者を対象に、短期現役の技術将校を養成する制度で、短期現役である点や採用時階級などが技術部幹部候補生と異なります。
特別幹部候補生（臨時特例）：15歳以上20歳未満の志願者から、短期現役下士官を養成する制度です。学歴要件がなく、若年者を対象とする点が幹部候補生や特別甲種幹部候補生と異なります。
予備候補生：特定の民間養成所卒業者から、予備役将校または下士官を養成する制度で、民間での特殊技能習得を前提とし、対象兵種が限定される点が異なります。

幹部候補生制度の性質と評価

幹部候補生は、兵籍上は「生徒」に分類され、一般の兵や下士官、将校とは扱いが異なりました。一般の軍人が階級を「任じられる」のに対し、幹部候補生は採用時に規定の階級を「与えられる」という表現が使われ、階級はあくまで副次的なもので、身分は幹部候補生のままでした。呼称も「～候補生」と呼ばれました。また、見習士官となるまでは階級に関わらず定額の手当が支給され、一般兵の月給よりも少ない場合もありました。

幹部候補生は修業満了後に予備役に編入されるのが原則でしたが、日中戦争以降は常に有事であったため、予備役編入と同時に臨時召集されるのが常態化し、継続して軍務に服しました。人事面では現役将校が優先されたため、幹部候補生出身者は部隊に配置されることが多く、現役に比べて進級が遅れる傾向にありました。しかし、特別志願将校として現役に準じた扱いを受けたり、特定の教育を受けることで予備役から現役へ転役したりする道もありました。1939年時点では、兵科の中尉・少尉の7割以上が幹部候補生出身者であり、戦時下の陸軍下級将校の主力となっていたことが資料からも確認できます。終戦時の甲種幹部候補生出身将校は、累計約20万人に上るとされています。

幹部候補生やその出身将校は、軍歴の長い下士官や兵からは、正規の士官学校を出た現役将校に比べて教育期間が短く、もとは一般兵であったことから、軽視されがちな傾向があったと言われます。現役将校を「実弾」や「本ちゃん」と呼んだのに対し、幹部候補生出身将校を「空砲」「擬製弾」と揶揄したり、襟の特別徽章（円形の台座に星）から「座金」と呼んだりする例が見られました。これらの評価は、候補生自身の資質というより、一般兵から選抜され、比較的短期間で養成されたという制度的な側面が原因であったと考えられています。1944年に特別甲種幹部候補生制度が創設された際、従来の幹部候補生に対する「少し前まではただの兵隊」という認識を改めることも、制度設計上の考慮事項の一つであったことがうかがえます。

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