弁天島 (稚内市)

弁天島（べんてんじま）

弁天島は、北海道稚内市の宗谷湾に位置する無人島です。宗谷岬の北西約1.2キロメートル、宗谷村珊内の集落からは北へ約1キロメートルの沖合にあります。この島は、日本国の施政下における最北端の地として知られています。

地理と自然

弁天島は、玄武岩の貫入体で形成されており、ホタテ貝のような独特の形状をしています。島の周囲には岩礁や暗礁が点在し、多くの海鳥が生息しています。周辺海域はコンブやウニの産地としても知られ、豊かな海の恵みをもたらしています。

特に注目すべきは、トドの生息地としての側面です。1980年代の調査では50～60頭のトドが確認されていましたが、その後減少。しかし、2004年頃から再び増加し、2017年には島とその周辺海域で約6,000頭ものトドが確認されています。このトドの増加は、漁業への被害も引き起こしており、年間10億円に及ぶ被害額が報告されています。

アイヌの伝承

宗谷アイヌには、トドを主人公とする民話が伝わっています。この話の中で、「サンナイの沖の島」にいたトドは、「ポノサマイクル」という人物に銛で突かれたとされています。

また、弁天島の南東に位置する平島についても、アイヌの伝承があります。弁天島をサマイクルの妻、平島を妾とする説や、二つの島を夫婦とする説など、様々な物語が語り継がれています。

弁天島には、「十センチ四方くらいの綺麗な模様」のような地形があり、これは「宝物を入れる箱」や「首飾りなどを入れる箱」であると伝えられています。また、「縄の切れたような」地形は、サマイクルの妻がつまずいた際に箱を縛っていた縄が切れてしまったためだとされています。

歴史

近世

弁天島の歴史は、文献にも記録されています。

1712年成立の『和漢三才図会』には、「サンナヒ」の沖に島が描かれ、「此島渡リテ加良不止島ニ通ス」と記されています。
1788年の『西蝦夷地分間』では、「シヤナイ」と「トマリケシ」の間に「宗谷石」として島が描かれています。
1797年の『蝦夷巡覧筆記』には、「サンナヱ」の沖に「ソウヤ石ト云岩嶋」があると記述されています。
1798年の『自高島至斜里沿岸二十三図』には、「サンナイ」に「ソウヤ石」と呼ばれる「ハチノ形ノ石」があると記されています。
1808年の『終北録』には「海中有石、形状如蜂、夷人謂蜂為曽宇耶、由之名港」とあります。
同時期に成立したとされる『西蝦夷地名考』には、「サンナイの沖に高石あり、是をソウヤといふ」とあります。
1816年の『松前蝦夷地島図』にも「ソウヤ石」が記載されています。
1821年の『大日本沿海輿地全図』には「シヨーヤ」として見えます。
1831年の『蝦夷東西地里数書入地図』には「ソウヤ岩」として描かれ、「周廻」は約4町余で「サンナイ」から約12町余の距離にあるとされています。
1846年の松浦武四郎の著書『再航蝦夷日誌』には「ソウヤ岩」とあり、別称として弁天島が挙げられています。同書には、海岸から12町の距離に位置する「周四丁」の島で、弁天を祭る祠があり、アイヌがイナウを捧げていたと記されています。
1856年の松浦武四郎の調査記録『廻浦日記』には、「ソウヤ岩と云大岩」があり「其岩蜂巣に似たるより号しなり」とあります。
1854年の『蝦夷紀行』には、「ヲンコロマナ井」から1里10町ほどの沖に「ソウヤ岩」があり、陸から5町ほどの距離で「周廻五六丁」と記されています。
1858年の『西蝦夷地之内浜増毛ヨリ舎利迄地名小名里数書』には、「サンナイ」の項に「海岸より拾丁程沖ニ宗谷石と申石あり」との記述があり、「高凡弐丈程廻り四丁程なり」とあります。

これらの記録から、弁天島が古くから「ソウヤ岩」などと呼ばれ、地域の人々にとって重要な場所であったことがわかります。

近代

明治時代以降も、弁天島に関する記述は多く見られます。

佐藤正克文書の『北見国宗谷郡より斜里郡迄絵図』および『宗谷郡境字ヤムワッカルより紋別郡境字トンナイウシ迄の図』には、「ソウヤ石」として記載されています。
1891年刊行の『北海道蝦夷語地名解』では、「ソーヤ」について「サンナイ」の海中にある「大岩」ないしは「岩嶼」の名であるとしています。
1892年製版の輯製図には「宗谷島」とあります。
1896年発行の『北海道地形図』では弁天島として記載されています。
1898年刊行の『北海道殖民状況報文北見国』には、「海中岩礁アリソウヤト云フ」「此岩礁ハ今弁天島ト称ス」とあります。
1898年刊行の『日本水路誌』には、「宗谷島」について高さ38フィートの白い島であると記されています。
1909年刊行の『大日本地名辞書 続編』には、「ソウヤと称する岩嶼は、いま岬の弁天島といふもの是也」とあります。
1910年刊行の『北海道土人語案内』には、宗谷村の語源について「ソウヤハ蜂ナリ、此地の石、蜂ニ似タルモノアリ」とあります。
1928年の『宗谷村勢一班』には、珊内湾の湾頭に「一ノ島嶼」があり、「天然ノ避難港ヲ形成」するとあります。
1930年に発行された海図には弁天島として記載されています。
1933年の『昭和八年版 宗谷村勢要覧』にも、「サンナイ」について「湾頭ニ弁天島屹立シテ天然ノ避難港ヲ形成ス」との記述が見られます。

これらの資料から、弁天島は時代とともに名称を変えながらも、地域の人々にとって重要な存在であり続けたことがわかります。

珊内地区と宗谷

弁天島の沿岸に位置する珊内地区は、稚内市中心部から東へ約6キロメートル、宗谷岬からは西へ約1キロメートルの場所にあります。北海道交易の最初期には、「ソーヤ」と呼ばれ、交易の中心地となっていました。「ソーヤ」はアイヌ語で「岩嶼」「磯岩の岸」を意味すると考えられています。古くはアイヌ語でハチを意味する「ソヤ」に由来するという説もありました。

現在の宗谷漁港付近は、元々「ウェントマリ」（悪い泊地）と呼ばれていましたが、交易地が珊内から移されて以降、こちらが「ソーヤ」と呼ばれるようになりました。

近年の状況

近年、弁天島はトドの繁殖地として知られるようになり、その数は増加の一途をたどっています。しかし、その一方で漁業への被害も深刻化しており、トドの駆除が行われています。この島の自然環境と人間活動との共存が、今後の課題となっています。

弁天島は、その独特な景観と豊かな自然、そして歴史的な背景から、多くの人々を魅了する島です。その魅力を守りながら、持続可能な未来を目指していくことが求められています。

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