戦術曳航ソナー

戦術曳航ソナー（TACTAS）とは

戦術曳航ソナー（TACTAS：TACtical Towed Array Sonar）は、水上艦艇が潜水艦を探知するために使用するパッシブソナーシステムです。特に冷戦時代には、静粛性の高い原子力潜水艦の探知を目的として開発され、アメリカ海軍をはじめとする西側諸国の海軍で広く採用されました。

開発の背景

1950年代に登場した原子力潜水艦は、水上航行やシュノーケル航行の必要がなくなり、レーダーやアクティブソナーでの探知が非常に困難になりました。しかし、原子炉や蒸気タービンから発生するノイズは、パッシブソナーによる遠距離探知を可能にするという弱点がありました。このため、アメリカ海軍はパッシブ戦術を重視し、SOSUS（海底聴音システム）、攻撃型原子力潜水艦（SSN）、対潜哨戒機と連携したシステムを構築しました。ところが、ソ連はアメリカのパッシブ対潜戦術の重要性を認識し、静粛性を大幅に向上させた潜水艦を配備し始め、アメリカのシステムの効果は低下し始めました。また、水上艦艇の聴音能力は潜水艦に劣るため、パッシブセンサーの整備が急務となりました。

このような状況下で、1960年代からアメリカ海軍はリニアアレイソナーを用いた長距離探知の研究に着手しました。初期のシステムとしてAN/SQR-14、AN/SQR-15が配備された後、1973年からは曳航ソナーアレイの搭載研究が開始され、戦略レベルのAN/UQQ-2 SURTASSと並行して、戦術レベルのTACTASが開発されることとなりました。TACTASの要求事項は1973年に公示されました。

TACTASの主要なモデル

SQR-18

TACTASとして最初に配備されたのがSQR-18です。EDO社によって開発され、1980年からノックス級フリゲートにAN/SQR-18A(V)1が搭載されました。ソナーアレイは全長約224m、直径約8.3cmで、32個のハイドロフォンが8つのセクションに分割され、防振措置が施されています。

AN/SQR-18A(V)1

AN/SQS-35可変深度ソナーの吊下体を利用して曳航され、730mのケーブルを備えています。

AN/SQR-18A(V)2

AN/SQR-19の開発成果をバックフィットしており、1600mのケーブルで曳航されます。

SQR-19

グールド社によって開発されたモデルで、1981年に初の実艦搭載が行われ、1984年から量産が開始されました。ソナーアレイは全長約240m、直径約8.9cmで、VLF（超低周波）、LF（低周波）、MF（中周波）、HF（高周波）用のモジュールで構成されています。曳航ケーブルは1700mで、運用深度は370mです。最大探知距離は非公表ですが、最適な条件下では第二収束帯（CZ）までと推定されています。

艦上システムは、AN/UYS-1音響信号処理装置、OJ-452/UYQ-21コンソール、AN/UYK-20電子計算機で構成されており、処理装置の違いにより3つのバージョンが存在します。

AN/SQR-19(V)1

OJ-452(V)9コンソールとOL-190(V)5音響信号変換装置を使用します。

AN/SQR-19(V)2

OJ-452(V)8コンソールとOL-190(V)4音響信号変換装置を使用します。

AN/SQR-19(V)3

OJ-452(V)8コンソールとOL-190(V)5音響信号変換装置を使用します。

海外での配備

カナダ海軍のハリファックス級フリゲートに搭載されているSQR-501 CANTASSは、SQR-19とほぼ同一のものです。また、スペイン海軍のサンタ・マリア級フリゲートにはSQR-19が搭載されており、これは完成機の初の輸出事例となりました。

一方、アクティブモードでの運用に対応したシステムとして、タレス・グループが開発したATAS（発展型はCAPTAS）があります。これは可変深度ソナーとしての機能も備えていますが、聴音モードでの探知距離はTACTASに劣ります。

海上自衛隊のえい航式パッシブソナー

海上自衛隊が配備しているえい航式パッシブソナーも、アメリカのTACTASに匹敵するとされ、通称も同じTACTASSです。

搭載艦艇

アメリカ海軍

ノックス級フリゲート（一部艦にSQR-18A(V)1を後日装備）
スプルーアンス級駆逐艦（初期建造艦は後日装備、SQR-18A(V)2からSQR-19に換装）
オリバー・ハザード・ペリー級ミサイルフリゲート（初期建造艦は後日装備、SQR-18A(V)2からSQR-19に換装）
キッド級ミサイル駆逐艦
タイコンデロガ級ミサイル巡洋艦（後期建造艦にSQR-19を装備）
アーレイ・バーク級ミサイル駆逐艦（SQR-19を装備）
ズムウォルト級ミサイル駆逐艦

カナダ海軍

ハリファックス級フリゲート（SQR-501 CANTASSを装備）

海上自衛隊

しらね型護衛艦（AN/SQR-18Aを後日装備）
護衛艦「たかつき」「きくづき」（FRAM改修時にAN/SQR-18Aを後日装備）

スペイン海軍

* サンタ・マリア級フリゲート（SQR-19を装備）

まとめ

戦術曳航ソナー（TACTAS）は、冷戦時代の対潜戦において重要な役割を果たしたシステムです。その開発と進化は、潜水艦の静粛性向上と対抗するように進められ、現在でも多くの艦艇に搭載されています。TACTASは、水上艦艇が潜水艦を遠距離から探知するための重要なセンサーであり、その性能向上は現代の海軍戦略においても不可欠な要素となっています。

もう一度検索