教相判釈

教相判釈（きょうそうはんじゃく）

教相判釈とは、中国をはじめとする漢訳仏典圏において、仏教の経典を判定し、解釈したものです。略して教判とも呼ばれます。

教相判釈成立の背景

釈迦は生涯にわたり多くの教えを説きましたが、書物を残しませんでした。そのため、釈迦の死後、様々な経典が編纂されました。これらの経典が中国に伝来し漢訳されると、その多様性から、どれが釈迦の真実の教えなのかという問題が生じました。

そこで、経典の内容の違いは、釈迦が教えを説いた時期や対象の違いによるものと考え、各宗派が独自の解釈に基づいて経典を分類・体系化しようとしました。これが教相判釈の始まりです。

教相判釈は、日本、朝鮮、ベトナムなどにも伝わり、特に日本では比叡山延暦寺から生まれた各宗派を中心に、近代文献学が台頭するまで大きな影響力を持っていました。また、大乗仏教が伝わったチベットでも、独自の体系化が図られました。

漢訳仏典圏初期の教判

中国における最古の教判は、竺道生（じくどうしょう）によるものとされ、以下の4種に分類されました。

1. 善浄法輪（ぜんじょうほうりん）: 在家信者のために説かれた教え
2. 方便法輪（ほうべんほうりん）: 声聞・縁覚・菩薩のために説かれた教え
3. 真実法輪（しんじつほうりん）: 『法華経』を説いた教え
4. 無余法輪（むよほうりん）: 『大般泥洹経』を説いた教え

次いで、慧観（えかん）が五時の教判を提唱しました。

1. 鹿野苑で四諦転法輪を説いた
2. 各所で『大品般若経』を説いた
3. 各所で『維摩経』・『梵天思益経』を説いた
4. 霊鷲山で『法華経』を説いた
5. 娑羅双樹林で『大般涅槃経』を説いた

慧観の五時説は、天台宗の五時八教説の源流とされています。

五時八教説（天台宗）

五時八教説は、天台智顗（ちぎ）が『一切経』を五時と八教に分類したものです。この思想は日本天台宗の最澄によって日本に伝えられ、延暦寺の中心思想となりました。

五時

五時とは、釈迦が説法した時期を5つに分けたものです。

1. 華厳時: 釈迦が悟りを開いた直後に『華厳経』を説いた時期
2. 阿含時: 『華厳経』の内容が難解だったため、平易な『阿含経』を説いた時期
3. 方等時: 様々な人々に向けて、『方等経』などを説いた時期
4. 般若時: 『般若経』を説き、空の思想を明らかにした時期
5. 法華涅槃時: 最後の8年間で『法華経』と『涅槃経』を説いた時期

智顗は、『法華経』が釈迦の最も重要な教えであると位置づけました。

五味相生の譬（ごみそうしょうのたとえ）

智顗は、五時を『涅槃経』に説かれる五味（乳酥・酪酥・生酥・熟酥・醍醐）に配釈しました。

乳酥＝華厳
酪酥＝阿含
生酥＝方等
熟酥＝般若
* 醍醐＝法華涅槃

この譬えは、教えの深まりを乳から醍醐へと変化する過程に例えたものです。

八教

八教は、教えの内容と形式から経典を分類したものです。化儀の四教と化法の四教に分けられます。

化儀の四教

説法形式による分類

1. 頓教（とんきょう）: 衆生の機根に関わらず、速やかに悟りに導く教え。
2. 漸教（ぜんきょう）: 衆生の機根に応じて、段階的に悟りに導く教え。
3. 秘密教（ひみつきょう）: 説法の違いを互いに知られないように説く教え。
4. 不定教（ふじょうきょう）: 説法の違いを知りながらも、各々に利益がある教え。

化法の四教

教えの内容による分類

1. 蔵教（ぞうきょう）: 小乗の教えで、煩悩を断ずるために空理を説く。
2. 通教（つうきょう）: 大乗と小乗に共通する教えで、空の思想を深める。
3. 別教（べっきょう）: 菩薩のために説かれた教えで、空・仮・中の三諦を説く。
4. 円教（えんきょう）: 最も円満で完全な教えで、三諦円融と十界互具を説く。

チベット仏教における教判

チベットでは、8世紀末から9世紀にかけて仏教が国家事業として導入され、インド仏教の様々な潮流が短期間で集中的に導入されました。仏典翻訳においては、サンスクリット語を正確に対訳するためのチベット語の語彙や文法の整備が行われ、漢訳仏典と比較して、より整然とした大蔵経が編纂されました。

チベット仏教においては、矛盾する言説を持つ経典群を、いかに合理的に一つの体系とするかという観点から仏典研究が進められました。

まとめ

教相判釈は、仏教経典の解釈と分類を通じて、仏教の教え全体を体系的に理解しようとする試みです。各宗派が独自の教判を打ち立てることで、仏教の多様性と深まりがもたらされました。

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