日本のボクシング史

日本ボクシング史

日本のボクシングの歴史は、1854年のマシュー・ペリー提督の二度目の来航時まで遡ることができます。この時の記録には、横浜で行われたアメリカ人水兵と相撲力士の異種格闘技戦が残されており、これが日本におけるボクシングに関する最古の記録とされています。その後、明治期には欧米人ボクサーと日本の武道家による他流試合が流行し、特に柔道家と外国人水兵の対戦である「柔拳試合」は多くの関心を集め、ボクシング技術を学ぶきっかけとなりました。1887年には、米国でボクシング技術を習得した元力士の浜田庄吉が帰国し、ボクシングを含む見世物興行を行っており、彼が事実上日本初のボクサーと言えるでしょう。また、1896年には横浜に初のボクシングジムが開設されましたが、定着しませんでした。大正時代にはアメリカ映画などを通じてボクシングが広く知られるようになります。

本格的な日本のボクシング史は、渡辺勇次郎が米国でのプロ活動を経て帰国し、「日本拳闘倶楽部」（日倶）を東京に創設した1921年に始まります。日倶は多くの優秀なボクサーを育成し、定期的な興行を開催することで、それまで見世物的な要素が強かったボクシングをスポーツとして確立させました。1923年には日本初のアマチュアボクシング試合が行われ、1924年には初の日本タイトルマッチが開催され日本王者が誕生。1925年には全日本アマチュア拳闘連盟が発足するなど、組織的な活動も活発化し、1928年にはアムステルダムオリンピックに日本代表が初参加しました。

1930年代に入ると、ボクシング人気は飛躍的に高まります。全日本プロフェッショナル拳闘協会が発足（後に分裂）し、スター選手の登場によりボクサーは高収入を得るようになります。1933年の読売新聞主催の日仏対抗戦を機に国内ジムが再結束し、事実上の初代日本王座決定戦が開催されました。ピストン堀口らが活躍し、ボクシングブームは絶頂期を迎えます。日本人ボクサーは海外遠征も積極的に行い、戦前唯一の世界ランカーとなる徐廷権などが誕生しました。堀口や玄海男らの対戦は社会的にも大きな注目を集めましたが、第二次世界大戦の激化により多くのボクサーが出征し、1944年にはすべてのプロ興行が中止され、日本のボクシングは中断を余儀なくされました。

戦後、日本のボクシングは焼け跡の青空道場から再開され、進駐軍向けの慰問興行などを通じて活気を取り戻していきます。1946年にはプロモーション会社の日拳が設立され、専用の試合会場も設けられました。翌年には全日本選手権も再開。この混乱期には「草試合」と呼ばれる非公式な興行も多く行われましたが、1952年4月、白井義男の世界挑戦を後押しするため、プロボクシングを統括する日本ボクシングコミッション（JBC）が設立されました。そして同年5月19日、白井義男が後楽園球場でダド・マリノを破り、日本初のプロボクシング世界王者となりました。

白井の快挙は日本中にボクシングブームを巻き起こし、JBCもWBA（当時はNBA）やOPBFに加盟するなど国際的な連携を深めました。しかし、白井以降、日本から世界王者はしばらく現れませんでした。1960年代に入ると、1960年ローマオリンピックで田辺清が銅メダルを獲得し、続く東京オリンピック（1964年）では桜井孝雄が日本ボクシング史上初の金メダルを獲得するなど、アマチュアも活躍を見せます。プロでは、1962年にファイティング原田が7年10ヶ月ぶりに世界王座を日本に取り戻し、一躍国民的ヒーローとなりました。この頃、テレビ中継も増加し、かつてないボクシングブームが到来。「フライ級三羽烏」（原田、海老原、青木）をはじめとするスター選手が次々と誕生しました。原田は日本人初の2階級制覇を達成し、沼田義明や小林弘らも世界王者に。1967年には初の日本人同士による世界タイトルマッチが行われるなど、日本のボクシングは黄金時代を迎えます。1968年には西城正三が日本人初の海外での世界王座奪取に成功しました。

1970年代初頭には、小林、西城、沼田、柴田国明、大場政夫の5人が同時に世界王座を保持するという黄金期を迎えましたが、この時期からラテンアメリカ勢が台頭し、多くの日本人王者が王座を奪われます。業界の分裂や人気選手の引退もあり、一時は人気に陰りも見えましたが、具志堅用高が日本最多記録となる13度の連続防衛を達成し、再びボクシング人気を牽引しました。この頃、高築正子らが米国で女子プロボクシングに挑戦し、その礎を築きます。

1980年代は再び世界王者不在の時期が長く続き、「冬の時代」と呼ばれました。海外での世界戦開催が増える一方で、日本での世界戦は減少。アマチュアでは韓国などが台頭します。しかし、この時期にも渡辺二郎らが活躍し、井岡弘樹らが世界王座を獲得。また、畑中清詞、レパード玉熊、辰吉丈一郎、鬼塚勝也といった次世代のスター候補が登場し、人気回復の兆しが見え始めます。

1990年代に入ると、大橋秀行が世界王座を獲得し、日本ボクシング再興の狼煙を上げます。辰吉、鬼塚、渡久地の「平成の三羽烏」や、輸入ボクサーとして来日したユーリ・アルバチャコフらが活躍し、再び複数の世界王者が誕生。特に辰吉はカリスマ的な人気を博し、1994年の薬師寺保栄との王座統一戦は社会現象となるほどの注目を集めました。竹原慎二が日本人初のミドル級世界王者となるなど、層の厚さも増しました。1998年には畑山隆則とコウジ有沢の日本タイトルマッチが大きな話題に。また、この時期に山木敏弘らの尽力により女子ボクシングが発展し、シュガーみゆきが日本人女子初の世界王者となりました。

2000年代前半は総合格闘技の人気に押されボクシングの人気は低迷しますが、後半には亀田興毅や長谷川穂積らの活躍により人気が回復。2008年にはJBCが女子プロボクシングを正式に認可し、女子選手もJBC管轄下のリングに立てるようになりました。2010年代には西岡利晃が海外で防衛を重ねるなど国際舞台での活躍が目立ち始め、アマチュアでもロンドンオリンピック（2012年）での村田諒太の金メダル獲得など躍進が見られました。

そして2020年代、東京オリンピック（2021年）では女子ボクシング初のメダルを含む3つのメダルを獲得。世界選手権でも日本人初の金メダリストが誕生しました。プロでは井上尚弥がアジア人初、バンタム級世界初、そしてスーパーバンタム級でも世界初の4団体統一王者となる歴史的快挙を達成するなど、日本のボクシング界は新たな時代を迎えています。一方で、JBCの内部問題など、組織運営には課題も抱えています。

日本のボクシングは、開国期に始まり、様々な困難を乗り越えながら発展を続け、数多くの世界王者を輩出し、現在も国際的な舞台で存在感を示しています。

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