日活向島撮影所

日活向島撮影所：革新の灯火、大正期の映画製作を彩った場所

日活向島撮影所は、1913年10月から1923年11月まで、東京府南葛飾郡隅田村（現在の東京都墨田区）に存在した映画スタジオです。日本活動写真株式会社（日活）が所有し、現代劇を中心に数々の作品を世に送り出しました。

設立と初期

1912年、日活はM・パテー商会、福宝堂、横田商会、吉沢商店の合併により誕生しました。合併に伴い、旧2社の撮影所は閉鎖され、京都の法華堂撮影所と東京の目黒撮影所が稼働。翌1913年、隅田川沿いの杉山茂丸の別荘跡地を買収し、向島撮影所が建設されました。旧福宝堂とM・パテー商会のスタッフが中心となり、本格的なグラスステージを備えた撮影所として、同年10月に稼働を開始しました。

目黒撮影所の閉鎖後、向島撮影所は現代劇、関西撮影所は時代劇を製作するという棲み分けが決定。これは、現在の東映撮影所の東西体制の原型となりました。

革新的な映画製作

1914年、日活は経営難に陥り、新作製作を抑制。しかし、向島撮影所の演出部や俳優部は、新しい表現を模索し始めました。同年、芸術座が公演した『復活』に触発され、桝本清脚本、小口忠演出、関根達発主演の『カチューシャ』を製作。これが大ヒットとなり、続編も製作されました。

1917年、田中栄三、東猛夫、山本嘉一、衣笠貞之助らが新加入。田中と山本は、脚本部の桝本と協力し、1918年に『生ける屍』を製作。同作は、向島撮影所の「革新映画」の第1作とされ、監督名のクレジットが初めて導入されました。

1921年、向島撮影所に「第三部」が設置され、中山歌子や酒井米子ら「女優」をフィーチャーした映画を製作・公開。しかし、新派出身の女優による作品は、市場のニーズに合わず、短期間で撤退しました。

新劇の導入と閉鎖

1922年、後藤信治が所長に就任。同年、田中栄三監督の『京屋襟店』は、女形が出演する映画の最後の輝きとなりました。しかし、同作の完成試写後、石井常吉による引き抜き事件が発生し、多くの幹部俳優や監督、撮影技師が退社。

この危機を乗り越えるため、溝口健二が監督に昇進。さらに、舞台協会と提携し、山田隆弥、佐々木積、岡田嘉子、夏川静江ら新劇俳優を迎え入れ、新劇映画の製作にシフトしました。

1923年、関東大震災が発生。向島撮影所は壊滅し、フィルムアーカイブも消失。日活は会社を一旦解散し、従業員を解雇しました。その後、溝口健二らが震災をテーマにした作品を製作しましたが、同年11月14日、向島撮影所は閉鎖され、残ったメンバーは京都の日活大将軍撮影所に移籍。現代劇部はそのまま京都に固定されました。

向島映画のフォーマットと陣容

映画史家の田中純一郎によると、向島撮影所では、非常にシステマティックに映画が製作されていました。上映時間40分、シーン数25カット以内、製作費2,000円というフォーマットで、本読みから7日でクランクアップするというスケジュールでした。

1917年から1922年頃の撮影所には、多くの専属俳優が在籍していました。男優には、関根達発、立花貞二郎、山本嘉一らが、女優には、中山歌子、酒井米子らがいました。

現在

現在、跡地には墨田区立桜堤中学校が建てられています。1998年には、「近代映画スタジオ発祥の地」の碑が建立されました。

向島撮影所で製作された作品の多くは、現存していませんが、早稲田大学には、『日本南極探検』、『うき世』、『生さぬ仲』の上映用プリントが所蔵されています。

日活向島撮影所は、短期間の活動でしたが、日本映画史に大きな足跡を残しました。革新的な映画製作、新劇の導入、そして数々の才能を輩出した場所として、その名は永遠に語り継がれるでしょう。

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