日華連絡船

日華連絡船：長崎と上海を結んだ国際航路の歴史

日華連絡船は、かつて日本郵船（後に東亜海運へ移管）が運航していた、神戸、長崎と中国・上海を結ぶ国際定期旅客航路です。「日支連絡船」や「上海航路」とも呼ばれ、戦前における日本と上海を結ぶ重要な航路でした。

航路の概要

1923年（大正12年）から1943年（昭和18年）まで、長崎港と上海（日本郵船匯山碼頭）を結んでいました。運行開始翌年から1938年までは、利用者増加のため、起点を長崎港から神戸港に移し、神戸 - 長崎 - 上海を1行程とする運行が行われました。運賃は、長崎（または神戸） - 上海間と長崎 - 神戸間で個別に設定されており、国内区間のみの乗船も可能でした。

所要時間は、長崎 - 神戸間が22時間、長崎 - 上海間が26時間でした。開設当初は週2回の運行でしたが、翌年からは4日に1回の運行となりました。

航路開設時の行程

往路：長崎（水曜、日曜午前9時発）→ 上海（木曜、月曜午後0時到着）
復路：上海（金曜、火曜午前8時半発）→ 長崎（土曜、水曜午前11時半着）

神戸寄港後の行程（1927年当時）

往路：神戸（1日目午前11時発）→ 長崎（2日目午前9時着、午後1時発）→ 上海（3日目午後4時着）
復路：上海（1日目午前9時発）→ 長崎（2日目午前12時着、午後3時発）→ 神戸（3日目午後3時着）

歴史

航路開設の背景

長崎港は、1571年（元亀2年）にポルトガル貿易港として開港して以来、安政の開国まで外国貿易の玄関口として重要な役割を担っていました。開国後も、1867年（慶応3年）に開設されたパシフィック・メール・ライン（太平洋郵船）の横浜～上海航路や、1875年（明治8年）に日本企業初の国際定期航路である三菱会社の横浜～上海航路の寄港地となりました。

1884年（明治17年）には、大阪商船と日本郵船が長崎市内に支店を構え、その他にも三井物産や喜久屋商会などが長崎発着の内外航路を運航していました。大正初期には、日本郵船の横浜～上海、横浜～天津、横浜～豪州、香港～シアトル航路、大阪商船の北米、南米、欧州航路、東洋汽船の横浜～香港航路など、多くの国際定期航路の寄港地となっていました。

しかし、明治後期以降、横浜港、神戸港、門司港の追い上げや、特別輸出港に指定された口之津港、三角港、博多港の台頭により、長崎の貿易は不振に陥っていました。長崎の商人たちは、長崎港を起点とする外国航路の開設を強く望み、1910年（明治43年）には、長崎商業会議所が後藤新平逓信大臣に対し、長崎 - 上海間の航路開設を請願しました。当時、上海は中国最大の産業都市であり、航路開設は長崎の発展に不可欠と考えられていました。

1918年（大正7年）10月、長崎商業会議所は、改めて長崎と上海を結ぶ航路開設を請願しました。1920年（大正9年）1月には、長崎市長らが「日支連絡船視察団」として中国を訪問し、航路開設に向けた協議を行いました。その結果、1920年（大正9年）3月、日本郵船は長崎～上海の定期航路開設を発表しました。

航路開設と盛大な歓迎

1923年（大正12年）2月11日、市民の盛大な歓迎を受け、第一便が出港しました。第一便には、一等65人、三等95人の乗客と、多くの郵便物や貨物が積み込まれました。航路に投入された長崎丸と上海丸は、英国製の姉妹船で、当時としては快速の貨客船でした。

就航を待ち望んでいた長崎市民の関心は非常に高く、航路開設を記念して祝賀会や美術展、物産展などが開催され、街は祝賀ムードに包まれました。当時、長崎～東京間の所要時間が36時間、運賃が船賃と鉄道運賃を合わせて12円だったのに対し、本航路は所要時間26時間、運賃18円（3等）と、時間と費用の面でも魅力的でした。

なお、同年の9月1日に発生した関東大震災では、長崎丸・上海丸ともに被災地への物資輸送と避難民の移送に徴用され、本航路も一時休止されました。

神戸寄港と「長崎県上海市」

運行開始後、乗客数が伸び悩んだため、1924年（大正14年）5月からは、航路の起点を神戸港に変更し、神戸～長崎間の都市間輸送による乗客数の増加を図りました。神戸～長崎間の運賃は10円（3等）で、「汽車よりも安くて快適」と乗客の評価も高く、利用者は順調に伸び始めました。

1927年（昭和2年）には、長崎港の元船岸壁が完成し、8,000トン級の船舶2隻または5,000トン級の船舶複数隻の同時着岸が可能となりました。1930年（昭和5年）には、長崎駅から出島岸壁へ至る鉄道線路（臨港線）が開通し、長崎港駅が開設され、大阪や東京方面への乗客の利便性が向上しました。

1934年（昭和9年）に日本初の国立公園に指定された雲仙は、本航路の存在により「上海から近い温泉地」として注目を集めました。

当時の長崎市民にとって、旅券が不要な上海は「長崎県上海市」「下駄履きでいける外国」と言われるほど身近な存在でした。1930年時点での上海在住日本人の総数は24,207人で、居留民の半数以上が長崎県出身でした。

日中戦争開戦と神戸寄港をめぐる動き

1937年（昭和12年）に日中戦争が勃発すると、日本と上海を往来する日本人が急増し、日華連絡船も避難民の輸送で逼迫しました。1938年（昭和13年）には、航路の起点が再び長崎港に変更され、長崎～神戸間の運行は取りやめとなりました。この動きに対し、長崎商工会議所の関係機関は「神戸寄港再開によって長崎の既得権益が失われる」として猛反発し、日本郵船は神戸寄港の再開を断念しました。

戦争が激化すると、乗客への監視も厳しくなり、船には特高警察が乗り込み、乗客の査証確認が行われました。乗客の中には、上陸禁止措置を受けた者や密輸で摘発を受けた者、国際的なスパイもいました。切符購入の際には、警察発行の顔写真付き身分証明書と伝染病予防の証明書が必要となり、以前のような「気軽に上海へ」という雰囲気は失われていました。

東亜海運への移管と戦乱による終焉

1939年（昭和14年）には、戦時体制の一環として設立された東亜海運に航路が移管され、長崎丸、上海丸も同社に移籍しました。1940年（昭和15年）には神戸丸が就航し、太平洋戦争開戦後も多くの旅客が利用しましたが、1942年（昭和17年）に長崎丸と神戸丸が、翌年には上海丸が失われ、日華連絡船は事実上の終焉を迎えました。

沿革

1910年（明治43年）：長崎商業会議所が、後藤新平逓信大臣に長崎と上海を結ぶ航路開設を請願。
1918年（大正7年）10月：長崎商業会議所が、改めて長崎と上海を結ぶ航路開設を請願。
1920年（大正9年）
1月：長崎市長らによる「日支連絡船視察団」が中国各地を訪れ、航路開設に向け協議を行う。
3月：日本郵船が長崎 - 上海航路の開設を発表。
11月：出島岸築造工事が着工。
1921年（大正10年）：政府より長崎～上海航路開設が認められる。
1922年（大正11年）10月23日：長崎丸が竣工。
1923年（大正12年）
1月15日：上海丸が竣工。
2月11日：長崎～上海航路が運行を開始（長崎丸の一隻体制）。
3月25日：上海丸が就航。
9月1日：関東大震災における被災地への物資輸送及び避難者輸送のため休止（11月18日まで）。
1924年（大正13年）
5月2日：利用者増加を図るため、日本側の起点を長崎港から神戸港へ変更。四日に一度の運行となる。
9月：出島岸壁が竣工。
1927年（昭和2年）11月：元船町岸壁築造工事が竣工。
1930年（昭和5年）3月19日：長崎駅から出島岸壁へ至る鉄道路線（通称：臨港線）が開通。出島岸壁に長崎港駅が開業。
1938年（昭和13年）：航路の起点を再び長崎港に変更。長崎～神戸は休止となる。
1939年（昭和14年）8月：東亜海運設立に伴い航路を同社に移管。長崎丸、上海丸は現物出資として同社へ移籍。
1940年（昭和15年）10月19日：神戸丸が竣工。
1941年（昭和16年）10月：神戸丸が就航。
1942年（昭和17年）
5月17日：長崎丸が伊王島北方にて接雷し沈没。
11月11日：神戸丸が揚子江口東方にて日本郵船の貨物船天山丸と衝突し、両船とも沈没。
1943年（昭和18年）10月30日：上海丸が揚子江口にて輸送船崎戸丸と衝突・沈没。日華連絡船が事実上の終焉を迎える。

乗船客数の推移

1931年（昭和6年）から1943年（昭和18年）までの各区間における乗船客数は以下の通りです。

（乗船客数データは省略）

就航した船舶

長崎丸: 航路開設時に建造された貨客船。
上海丸: 長崎丸の姉妹船。
神戸丸: 航路強化のため東亜海運によって建造された貨客船。

その他

2021年現在、中日国際輪渡有限公司による新鑑真が神戸と上海を結ぶ航路に就航していますが、長崎と上海を結ぶ定期旅客航路は、1994年（平成6年）と2012年（平成24年）に復活したものの、利用の伸び悩みにより短期間で運行を終えています。

参考文献

『創業百年の長崎造船所』三菱造船株式会社、1957年10月。
『長崎市制六十五年史』長崎市、1959年3月。
『中国文化と長崎県』（新版）長崎県教育委員会、2003年3月。
『上海航路の時代』長崎文献社、2006年10月。ISBN 4888510350。
『トピックスで読む長崎の歴史』弦書房、2007年3月。ISBN 978-4902116779。
『異国往来 長崎情趣集』長崎文献社、2009年2月。ISBN 978-4888511308。
『旅する長崎学17』長崎文献社、2011年10月。ISBN 978-4-88851-164-3。
『樂　Vol.14』イーズワークス、2011年12月。
『長崎文化　第69号』NPO法人長崎国際文化協会、2011年12月。
『長崎文化　第71号』NPO法人長崎国際文化協会、2013年12月。
『新長崎市史　第三巻近代編』長崎市、2014年3月。
梶尾良太「太平洋戦争前期における日本の戦時遭難船舶と新聞報道」『兵庫県高等学校社会（地理歴史・公民）部会研究紀要』第20号、兵庫県高等学校教育研究会社会（地理歴史・公民）部会、2023年3月。

関連項目

ボート・トレイン
* 菅源三郎（長崎丸船長）

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