望陀布

望陀布（もうだのぬの）とは

望陀布は、古代において上[[総国]]望陀郡（現在の千葉県袖ケ浦市・木更津市・君津市付近）で産出され、租税として徴収された麻織物です。律令制下では最高級品とされ、宮中祭祀や遣唐使への贈答品としても用いられました。その質の高さから、当時の人々にとって特別な存在であったと考えられます。

特徴

現存する望陀布そのものは確認されていませんが、正倉院に保管されている麻布や発掘された麻布との比較研究から、その特徴が明らかになりつつあります。上[[総国]]で生産された麻糸は、他の地域の糸よりも細く、その太さは平均0.3～0.5mm程度でした。これは、他の地域の平均的な麻糸の太さである0.8mmの半分程度であり、その分、きめ細かく織られていたことを示しています。特に、望陀布は上総細布よりもさらに精密な織物であったと考えられています。

1997年には、袖ケ浦市郷土博物館で手織りによる望陀布の再現実験が行われました。しかし、現代の良質な麻糸を使用しても、1cm2あたりの糸の数は経糸22本、緯糸15本が限界でした。これは、正倉院に保管されている上総細布の19本×12本を上回るものの、当時の望陀布の品質には及ばなかったと推測されます。このことからも、望陀布の生産には高度な技術が用いられていたことがわかります。

上代における利用

望陀布は、古くは天皇の即位の際に執り行われる大嘗祭において、美濃絁（みののあしぎぬ）とともに使用されました。悠紀殿と主基殿を仕切る帳や、戸口に飾る幌として用いられていた記録が残っています。これは、望陀布と美濃絁が、ヤマト王権時代から「東国の調」として宮中や祭祀の場で広く用いられていたことに由来します。

また、『延喜式』には、遣唐使を派遣する際に、唐の皇帝への贈答品として望陀布100端が含まれていたと記されています。さらに、遣唐使に同行する留学生や僧侶には、留学費用として絁（あしぎぬ）40疋、綿100屯、布80端が支給され、このうち布の1/3が上総産であったとされています。延喜式成立時には遣唐使はすでに廃止され、唐王朝も滅亡していましたが、この規定は過去の事例に基づいて定められたと考えられています。

『旧唐書』には、唐の開元年間（713年 - 741年）に遣唐使として派遣された日本の留学生が、入学の贈り物として麻布を献上した際のエピソードが残っています。この麻布には唐の人々が知らない元号が記されており、偽物ではないかと疑われたという記述があります。当時、日本の調布にはラベルの代わりに、貢納された年次、地域、貢納者が墨書されていました。広幅の調布は当時望陀布以外に存在しなかったため、この麻布は望陀布である可能性が高いと考えられています。この留学生は、日本の史料から吉備真備であったとする説が有力です。

地域と時代背景

房総半島地域は、古くから麻布の生産地として知られていました。『古語拾遺』の「総国命名伝承」には、麻の稔りの姿が反映されているという説もあります。また、現在の望陀郡には、古墳時代に手子塚古墳や金鈴塚古墳を築いた馬来田国造がいました。彼らは、走水の海から相模国を経由してヤマト王権と結びついており、その環境下で麻の生産と織機技術が高度に発達したと考えられています。

当時、調として徴収される布は、長さ5丈2尺、幅2尺4寸のものを1端とし、2丁分の調から作成されていました。しかし、望陀布は特別に、長さ5丈2尺、幅2尺8寸のものを1端とし、4丁分の調から作成すると規定されていました。幅が4寸広いことから、単純計算では一般の調布の1.7倍の価値があったことになります。ただし、養老元年（717年/718年）の布類規格統一により、調布1端は4丈2寸に変更され、望陀布は3丁相当となりました。

和銅7年（714年）には、望陀郡以外の上[[総国]]で生産された麻布も、上総細布として他国産とは区別され、望陀布に次ぐ品質として扱われました。上総細布は、長さ6丈、幅2尺2寸で、3丁分相当とされましたが、養老元年の改訂で長さ4丈2尺、幅2尺2寸、2丁相当に改められました。上総細布は、細い麻糸で織られた上質な布の代名詞となりました。

『延喜式』には、上[[総国]]から毎年、望陀布の紺色50端、縹色73端、貲布100端、さらに上総細布400端が朝廷に納められていたと記録されています。また、これらの他に、地子交易や庸の代替としても麻布の納付が求められていました。正倉院文書によれば、天平宝字5年（761年）には、望陀布1端が400文であったのに対し、陸奥国、常陸国、相模国の調布は270-310文程度でした。面積あたりで比較すると、望陀布は1平方尺あたり3.4文、他国産は2.8文となり、その価値の高さがわかります。

望陀布は、古代日本の高度な技術と文化を象徴する貴重な織物であり、その歴史と価値は現代にも語り継がれるべきものです。

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