松岡静雄

松岡 静雄（まつおか しずお）

1878年（明治11年）5月1日、兵庫県神東郡田原村辻川（現在の神崎郡福崎町）に、儒者・医者であった松岡操とその妻たけの七男として生を受ける。母たけは彼の誕生に際し、夕日が後光を放ち軍旗のように見える夢を見たことから、「この子は将来軍人になるだろう」と語ったという逸話が伝わっている。

青年期、松岡静雄は海軍の道を志し、1897年（明治30年）12月に海軍兵学校（第25期）を首席で卒業するという優秀な成績を収めた。1899年（明治32年）2月には海軍少尉に任官。日露戦争が勃発すると、巡洋艦「千代田」の航海長として従軍し、連合艦隊の一員として歴史的な日本海海戦を戦い抜いた。

その後も海軍士官として、「八幡丸」「千歳」の航海長、第2艦隊参謀、海軍兵学校監事、軍令部参謀など、要職を歴任した。1907年（明治40年）9月に海軍少佐に進級。1909年（明治42年）9月には、オーストリア＝ハンガリー大使館付武官として海外勤務も経験した。帰国後は、「磐手」「朝日」「筑波」の副長などを務め、昇進を重ねた。第一次世界大戦中の1914年（大正3年）12月には、臨時南洋群島防備隊参謀に発令されたが、病のため赴任することができなかった。その後は横須賀鎮守府付を経て、海軍省文庫の主管として勤務した。1916年（大正5年）12月に海軍大佐に昇進する。

しかし、1918年（大正7年）12月に予備役に編入され、1921年（大正10年）5月には海軍を退役した。

海軍退役後、松岡は神奈川県藤沢市（当時は藤沢町）の鵠沼に移住した。間もなく起こった関東大震災（1923年）では、地域社会に貢献する姿が見られた。例えば、遭難死した東久邇宮師正王の遺骸を運ぶため、軍艦を相模湾に回航させる手配を行ったり、地元青年団が震災で犠牲になった住民26体の遺骸を荼毘に付す作業の指揮を執ったりしたという逸話が残されている。

震災後は、鵠沼西海岸に新たな居を構え、「神楽舎（ささらのや）」と名付け、本格的に研究者としての道を歩み始めた。海軍出身の書店主であり、後に多くの学者・文化人の著書を手がけることとなる岡茂雄（岡書院）の勧めもあり、言語学、特に太平洋地域（ミクロネシアなど）の諸語に関する研究、そして民族学に没頭した。十数年という比較的短い期間に、精力的な執筆活動を展開し、数多くの研究成果を著作として発表した。その研究は、言語学、民族学にとどまらず、国語学、日本の古典（記紀、風土記、万葉集など）研究、思想史にまで及び、その多岐にわたる業績により、これらの分野における権威として認識された。

神楽舎には、扇谷正造をはじめとする多くの青年たちが集い、松岡のもとで学び、その教えを受けた。彼は晩年まで研究と教育に情熱を注ぎ続けた。

主な著書

松岡静雄の著作は非常に多岐にわたるが、代表的なものとして以下が挙げられる。

『蘭和辞典』（1921年）
『爪畦史』（1924年）
『太平洋民族誌』（1925年）
『日本言語学』（1926年）
『日本古俗誌』（1926年）
『ミクロネシア民族誌』（1927年）
『日本古語大辞典』（1929年）
『紀記論究』（全14冊、1930-1932年）
* 『ミクロネシア語の綜合研究』（1935年）

これらの著書は、彼が海軍軍人として培った実証的な視点と、退役後に傾倒した人文科学への深い洞察力が融合した成果といえる。

家族

松岡家は多くの優れた人材を輩出した家系として知られる。父松岡操、母たけの子として生まれ、兄には医師の松岡鼎、国文学者・歌人の井上通泰（松岡泰蔵）、そして民俗学者の柳田國男がいる。弟には日本画家の松岡映丘がいる。先妻愛子（田尻稲次郎の次女）は結婚の翌年に病没。後妻松岡初子（野村靖の五女）との間に子を儲け、長男松岡磐木は法政大学教授（経営学）となった。

海軍大佐として軍務に精励しつつ、退役後は一転して学究生活に入り、日本の言語学、民族学、国語学などの発展に多大な貢献をした松岡静雄は、1936年（昭和11年）5月23日にその生涯を閉じた。彼の没後、弟子たちによって神楽舎の跡地に「松岡静雄先生之庵趾」という石碑が建てられ、現在もその功績を伝えている。

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