板垣守正

板垣 守正

板垣 守正（いたがき もりまさ、1900年3月15日 - 1951年7月16日）は、日本の劇作家。士族の家柄に生まれ、自由民権運動を率いた伯爵板垣退助の孫にあたります。父は鉾太郎、母は松本丑太郎の長女節子。雅号は青牛、別名には山内守正があります。曹洞宗を宗旨としていました。

生涯

1900年3月15日、東京府東京市芝区西久保桜川町に生を受けました。戸籍の上では次男でしたが、長兄武生が幼くして亡くなったため、事実上長男として育てられました。

1918年に旧制芝中学校を卒業した後、第六高等学校に進学します。

家督相続

1919年7月16日、祖父退助が逝去します。退助が提唱していた「一代華族論」に従い、父鉾太郎は同年8月19日に廃嫡し、伯爵の爵位を返上しました。これにより、守正は同年9月8日に板垣家の家督を継承することとなります。六高を卒業後は、東京帝国大学文学部社会学科へと進学しました。

廃嫡事件

東京帝国大学在学中から文筆活動に励み、随筆や大衆向けの記事を発表しました。1925年8月、戯曲『自由党異変』を執筆。この作品は同年10月26日から帝国劇場での上演が決定しましたが、その内容が祖父板垣退助を軽視していると受け止められ、旧自由党の関係者から強い批判を受けることになります。

当時の『東京朝日新聞』（1925年10月20日付）の報道によれば、上演者である舞台協会とも親しい板垣家の親戚、高屋福子が同年10月15日に板垣絹子邸を訪れ、上演への理解を求めましたが承諾は得られませんでした。さらに、旧自由党に縁のある西内正基にも了承を求めましたが、西内は即座に却下。「学生の身分で演劇の道に進むとは何事か。守正君は板垣退助伯の大切な後継者なのだから、劇作などすぐにやめさせるべきであり、従ってその脚本の上演は許されない」と強く反論しました。また、今幡西衛ら旧自由党員も板垣家親戚代表として舞台協会に上演取りやめを申し入れました。

翌10月16日、守正は麻布の板垣絹子邸に呼び出され、西内、今幡をはじめとする親戚一同から、「脚本を撤回し、文学活動から身を引き、個人の意思だけで突き進むべきではない」と諭されました。しかし、守正は「根本的にあなたがたとは思想が大きく異なる。私は当初の志に向かって進む」と譲らず、自身の廃嫡と引き換えに戯曲の上演を選びたい旨を記した覚書を提出しました。

この時の心境について、守正は「文学に携わることを堕落と見なされるのは耐え難い。今多くは語らないが、実に堪えがたい酷い言葉も受けた。『自由にする権利はない』と言われたが、廃嫡によって自由になれるなら、それは願ってもない幸いだと思った。今回のことは、これまでの様々な鬱積が一気に爆発したに過ぎない。私が以前、華族全廃論を唱えた時から親戚は目を光らせていたのだ。いわゆる彼らは、私が政治家になれば喜ぶのだろう。官吏になって出世しろと言わんばかりだ。そんな心にもない虚偽の生活は私にはできない。私の戯曲中で、祖父退助を人間的に捉えると同時に、祖父を刺した相原にも人間的な見方をしたことも、おそらく反感を買ったようだ」と語っています。

一方、板垣家の親戚の一人は、「守正は学校にも行かずぶらぶらしていると聞いていたところに、あんなものを書いて上演までするとは。（中略）自由勝手に、しかも芝居の方などへ進もうとするので、多数の人々の努力と血によって築かれた板垣家というものを考え、この際、言動を慎んでほしいのだ。特に『自由党異変』は史実と異なるだけでなく、誰にも相談せずに書かれたものだ」と証言しています。

その後、板垣家の親戚や旧自由党の知人たちは、板垣退助の古くからの友人である野田卯太郎、望月圭介らと協議し、守正に文学の道を諦めさせようと努めましたが叶いませんでした。やむを得ず、東京裁判所の裁許を得て、1926年6月12日、正式に家督を実弟の正貫に譲らせることとなりました。守正は一旦、東京府豊多摩郡渋谷町の山内家の養子となる形で隠居し、山内守正と名乗りますが、すぐに家督を継いだ弟正貫の戸籍に入って板垣姓に復し、分家の手続きを取りました。

『自由党異変』その後

帝国劇場側は、守正の廃嫡騒動が世間の関心を集めるほど興行成績が伸びると考えていた節があり、上演中止を求める旧自由党の支援者や自由民権運動支持者からの請願が多数寄せられても、これを無視する構えを見せていました。しかし、上演前日の1925年10月25日、板垣家側と舞台協会側の双方から条件が提示され、ついに上演中止が決定しました。板垣家側が示した条件は、「在学中の東京帝国大学卒業後は自由な活動を拘束せず、万一再び『自由党異変』が世に出る際には、旧自由党員も積極的に応援する」というものでした。舞台協会側からは、「守正氏に遅れている卒業論文を必ず提出させ、帝大を必ず卒業させること」という条件が出され、双方からの条件による和解という形で収束しました。また、『東京朝日新聞』（1925年10月25日付）には、故板垣伯が清貧であったため遺族の収入が十分でなく、特に恩賜の教育賜金が学費に充てられていたことから、卒業の如何によっては不敬に当たることを家族が危惧していた、と報じられています。

廃嫡後の活動と勘当

板垣家の当主の座を離れた守正は、祖父退助の雅号にちなんだ「無形社」を創設し、また東京雄弁大学を設立して政治問題の研究に取り組みました。これにより、大学在学中の文学活動とは一変し、政界進出を目指すようになります。

1928年1月26日、祖父退助が創設した自由党の後継政党である政友会の政敵にあたる立憲民政党に入党します。『東京朝日新聞』（1928年1月27日付）の報道によれば、取材に訪れた記者たちに対し、守正は故板垣伯の胸像が安置された部屋で約40枚にわたる声明書を読み上げました。その内容は、「祖父の意思を継承し、昭和維新の国政のために尽力したい。民政党に入党したのは、現在の政友会が保守政党に堕落しており、祖父の自由党の精神を受け継ぐ者は現在の民政党以外にないからだ」というものでした。

同年1月28日には郷里の高知県に帰省し、2月1日からは民政党を応援する遊説を行いました。しかし、旧自由党の流れを汲む老練な政治家や政友会員らは守正の行動に呆れ、快く思わない者が相当数に上りました。特に、これまで世話になってきた望月圭介や尾崎邦輔らに対する誠意を欠く態度だとされ、板垣本家では当主正貫や今幡西衛らの発案により、2月2日夜に東京渋谷町の板垣邸で親族会議が開かれました。その結果、板垣守正を板垣家および血縁関係のある親戚一同から永久勘当することが決定しました。翌2月3日午後、当主正貫と伯父今幡西衛らは、望月圭介と尾崎邦輔に謝罪するため政友会本部を訪れましたが不在だったため、秦幹事長に守正の勘当を伝達しました。

満州での日々

1929年には著書『大衆政治の新理想』を出版しました。同年9月4日、仙石貢が満鉄総裁として満州国へ赴任する際、その秘書役として抜擢され満州へ渡ることになります。仙石貢にとって守正は、土佐出身の大先輩である退助伯の孫にあたるため、大政治家の子孫を助けてやってほしいという仲介者があり、この人事が具体化しました。当時の心境について、『東京朝日新聞』（1929年8月27日付）は、8月26日夜に牛込区若松町の守正邸を訪れて取材した話として、「仙石貢氏のもとでぜひ働きたいとかねて希望していた。今回は当人も難色を示しており、鉄相時代の秘書だった宮田中前代議士ですら辞退しているほどで、私が選ばれれば幸いだ。社会局から公私ともに経済運動のシナリオやポスター制作も依頼されているが、何としてでも満州へ飛び出したい」と語ったと伝えています。また、「家族は内縁の妻である外子夫人との二人なので身軽にどこへでも行ける」と答えています。

1931年には『板垣退助全集』を編纂しています。その後も、拓務省嘱託、協調会嘱託、日本講演通信社長、関釜日日新聞社長、亜細亜経済連盟総務などを歴任しました。

満洲国では、協和会中央本部宣伝科主任、同広報科主任、四平市本部事務長、民生部参事官を経て、1943年4月には文教部理事官・教化司社会教育科長（薦任官一等）として奉職し、勲六位を授与されました。

敗戦と晩年

1945年、第二次世界大戦の終結に伴い内地へ帰還しました。

1951年、祖父板垣退助の命日と同じ7月16日に51歳で死去しました（満51歳没、享年52）。墓所は静岡県の富士霊園にあります。

家族

祖父：板垣退助
父：板垣鉾太郎
母：板垣節子（松本丑太郎の長女）
長兄：板垣武生（夭逝）
本人：板垣守正
妻：板垣桃子（福士進の二女）
長男：尾崎正（1926年10月1日生、後に尾崎旦の養子となる）
二男：板垣正明（母は板垣桃子）
長女：三島拓子（1935年9月30日生、母は旭外子）
弟：板垣正貫

著作

『（戯曲集）自由黨異變』板垣守正著、東京寶文館、1926年2月25日
『大衆政治の新理想』板垣守正著、新時代社、1929年
『板垣退助全集』板垣守正編、春秋社、1931年
『対支問題総決算』板垣守正、平野健共著、内外社、1932年
『盲人按摩専業運動と高木翁』板垣守正記（『高木正年自叙傳』高木正年著、横山健堂編、代々木書院、1933年2月18日 所収）

参考文献

『社団法人 満洲文化協会会員名簿』満洲文化協会編、1937年
『満洲紳士録（第4版）』中西利八編、東京・満蒙資料協会、1943年
『新聞集成 昭和編年史（昭和3年度版 第1巻）』明治大正昭和新聞研究会、1988年9月発行

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