柳川一件

柳川一件：国書偽造に揺れた江戸初期の日朝関係

柳川一件は、江戸時代初期に対馬藩で発生した、藩主・宗義成と家老・柳川調興が対立した事件です。日朝間の国書偽造が発端となり、幕府を巻き込んだ一大騒動へと発展しました。

事件の背景：断絶と回復への模索

16世紀末、豊臣政権による朝鮮出兵（文禄・慶長の役）により、日朝間の国交は断絶しました。その後、徳川家康が江戸幕府を開くと、李氏朝鮮との国交正常化を目指し交渉を開始します。対馬藩は、地理的な条件から朝鮮との交易に依存しており、国交回復に奔走しました。

国書偽造の発覚：対馬藩の苦肉の策

朝鮮側は、朝鮮出兵の際に王陵を荒らした犯人の引き渡しを要求します。対馬藩は、これに応えるため、無関係の罪人の喉を潰し、犯人として差し出すという強硬手段に出ました。なりふり構わぬ工作の結果、朝鮮側は交渉に応じますが、今度は徳川政権からの国書を要求します。

そこで対馬藩は、国書を偽造し朝鮮へ提出。書式から偽書の疑いが生じますが、朝鮮は使節を派遣します。対馬藩は、この使節の返書も改竄し、その後も国書の偽造、改竄を繰り返しました。そして1609年、貿易協定である己酉約条を締結させたのです。

柳川調興の訴え：下剋上の思惑

対馬藩の家老であった柳川調興は、主家からの独立と旗本への昇格を狙い、藩主・宗義成と対立。幕府に対し、対馬藩の国書改竄の事実を訴え出ます。

柳川は、家康の覚えが良く、幕閣有力者からの支持もありました。さらに、「幕府も日朝貿易の実権を直接握りたいだろう」と考え、勝算があると踏んだのです。

大名・幕閣の思惑：事件の利用

一方、仙台藩主・伊達政宗など、宗義成を支持する大名もいました。彼らは、下剋上が横行する戦国時代の終焉を印象付けるため、この事件を利用しようとします。

家光の裁定：貿易維持と権威の確立

1635年、3代将軍・家光の面前で、宗義成と柳川調興による直接の弁論が行われました。結果、幕府は日朝貿易を対馬藩に委ねる方が得策と判断し、宗義成を無罪、柳川調興を津軽へ流罪としました。また、国書改竄に関わった規伯玄方も流罪となります。

宗義成は対朝鮮外交における権限を回復しましたが、漢文知識の不足や、柳川調興らのノウハウを失った事で、対朝鮮外交は停滞。幕府に援助を求めた結果、幕府は五山碩学を派遣し、外交文書作成や貿易の監視を行わせました。これにより、日朝貿易は対馬藩に委ねられたものの、幕府の厳しい管理下に置かれることとなったのです。また、この事件以降、国書に記す将軍の外交称号は「日本国王」から「日本国大君」に改められました。

柳川一件が残したもの

柳川一件は、江戸初期の国際関係と幕府の権力構造を色濃く反映した事件でした。国書の偽造というスキャンダルは、対馬藩の命運を揺るがすだけでなく、幕府の外交戦略にも大きな影響を与えました。事件後、幕府は対馬藩への統制を強化し、日朝貿易を管理下に置くことで、安定的な外交関係の構築を目指したのです。

関連情報

鈴木輝一郎『国書偽造』(新潮文庫、1996年)
柳川一件 - コトバンク

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