梶原完

梶原完（かじわら ひろし）

梶原 完（かじわら ひろし、1924年11月9日 - 1989年7月29日）は、日本のピアニスト、音楽教育者。上海で生まれ、幼少期から音楽に親しみ、日本で音楽活動を始めた後、1954年にドイツへ渡り、ヨーロッパ各地で演奏活動を展開しました。1960年からはドイツのアドルフ音楽院で教鞭をとり、後進の指導にも力を注ぎました。

生い立ち

1924年11月9日、梶原完は、父・國生と母・恒子の次男として上海で誕生しました。父は満鉄調査部に勤務する傍ら、音楽を愛する人物で、母は女子高等師範学校を首席で卒業後、教師として勤務していました。両親は共に長野県出身で、父の上海赴任に伴い家族で移住しました。上海は当時、西洋文化が流入しており、完は幼い頃から西洋音楽に触れる機会が多く、父の蓄音機でクラシック音楽を聴き、野外音楽会にも頻繁に出かけていました。また、母が勤務していた女学校の音楽教師が、父と音楽研究会を組織するなど、音楽に囲まれた環境で育ちました。

1928年、完が幼少の頃に家族は日本へ帰国し、本郷に居を構えました。1931年には本郷の小学校に入学し、母の手ほどきでピアノを始めました。その後、東京音楽学校の講師や教授に師事し、更にピアニストの福井直俊にも師事しました。1937年には府立中学校に入学、学芸会ではショパンやベートーヴェンなどの難曲を披露するほどの腕前でした。

日本での音楽活動

東京音楽学校

1941年、東京音楽学校予科に入学、翌年には本科へ進級。太平洋戦争の影響で音楽界も統制される中、梶原は報国団演奏会でスメタナ、シューマン、ショパンなどのピアノ曲や室内楽を演奏しました。また、優れた初見能力を活かし、他のソリストの伴奏者としても活躍しました。

陸軍戸山学校軍楽隊

1944年、東京音楽学校を繰り上げ卒業後、陸軍戸山学校軍楽隊に入隊。同期には芥川也寸志、團伊玖磨など、後に音楽界を代表する人物たちがいました。軍楽隊ではオーボエやクラリネットを割り当てられましたが、練習時間の多くはピアノの練習に費やしました。終戦と共に軍楽隊は解散しました。

日本での演奏活動

終戦後、東京音楽学校では新体制となり、11月には梶原の独奏会が開催されました。1946年には東京音楽学校の教務嘱託となり、芸術祭ではラフマニノフやドビュッシーを演奏、他の演奏家の伴奏も務めました。同年には日比谷公会堂でデビューリサイタルを開催し、シューマン、ショパン、ドビュッシー、ワーグナーなどの作品を演奏し、高い評価を受けました。その後、年に2回のペースでリサイタルを開催し、オーケストラとの共演も数多く行いました。1948年には早坂文雄のピアノ協奏曲を初演するなど、意欲的な活動を展開しました。また、東京芸術大学音楽学部では非常勤講師、後に助教授として後進の指導にあたりました。1949年には出版された『音楽講座』で「ベートーヴェンの奏法」を担当するなど、執筆活動も行いました。

1954年、更なる研鑽を積むため、文部省在外研究員として海外研修が認められ、ウィーンとフランクフルトへ留学しました。

渡欧後の音楽活動

演奏活動

ウィーン音楽アカデミーとフランクフルト音楽大学で研鑽を積むも、満足な成果を得られませんでした。しかし、マネージャーとの出会いを機に、1955年にヨーロッパデビューリサイタルを開催し、成功を収めました。その後、ウィーンやパリでもリサイタルを開き、コルトーのレッスンも受けることができました。1956年にはウィーンのコンツェルトハウスで演奏会を開催、各地での演奏会は日本でも放送されました。その後も演奏活動はイタリア、ベルギー、フランス、スイスなど、ヨーロッパ各地に広がりました。

アドルフ音楽院

1960年、ベッツドルフでのリサイタルを機に、アドルフ音楽院でのレッスンを依頼されました。アドルフ音楽院は、地元医師の母が創設した個人経営の音楽学校で、梶原は演奏活動の傍ら、週に一度レッスンに通い、後にベッツドルフに転居しました。1963年にはNHKの番組で、レッスンの様子や演奏会の模様が放映されました。

レッスンを行う傍ら、年間50回以上もの演奏会をこなし、ヨーロッパ各地を自動車で巡りました。晩年は糖尿病の治療にも追われながら、1989年7月29日に自宅で亡くなりました。

レパートリーと演奏スタイル

梶原の演奏会プログラムは、ハイドン、ベートーヴェン、ブラームスなどの古典派から、ショパン、ドビュッシー、リストなどのロマン派、近代の作曲家まで、幅広い時代とジャンルの作品が含まれていました。また、ピアノ協奏曲のレパートリーも、ブラームス、ショパン、フランク、モーツァルト、ラフマニノフなど、多岐にわたりました。ルビンシュタインやコルトーの演奏を理想とし、19世紀から20世紀初頭のドイツで確立されたスタイルで演奏していました。

評価

日本でのデビュー当時は、テクニックは評価されたものの、芸術性の乏しさを指摘する声もありました。しかし、海外での演奏は高い評価を受け、特にヨーロッパデビューリサイタルでは、「テクニックは完璧で、心揺さぶる緊張感があった」と絶賛されました。ウィーンでの演奏会でも、そのテクニックと表現力が評価され、モーツァルトやベートーヴェン、ドビュッシーの演奏が高く評価されました。

日本でのオーケストラとの共演

梶原は、日本の主要なオーケストラと多数共演しました。ベートーヴェン、リスト、チャイコフスキーなどの協奏曲を演奏し、特に早坂文雄のピアノ協奏曲第1番を初演したことは特筆されます。以下に主な共演歴を記します。

1947年9月24日 ベートーヴェン「ピアノ協奏曲第5番」 東京フィルハーモニー交響楽団
1948年1月22日 諸井三郎「アレグロ」（初演） 作曲者指揮 東京フィルハーモニー交響楽団
1948年4月20日 ベートーヴェン「ピアノ協奏曲第5番」 斎藤秀雄指揮 東京フィルハーモニー交響楽団
1948年6月22日 早坂文雄「ピアノ協奏曲第1番」（初演） 上田仁指揮 東宝交響楽団
1949年2月14, 15日 リスト「ピアノ協奏曲第1番」 山田和男指揮 日本交響楽団
1949年5月21日 ベートーヴェン「ピアノ協奏曲第5番」 尾高尚忠指揮 日本交響楽団
1949年10月17, 18日 サン=サーンス「ピアノ協奏曲第4番」 山田和男指揮 日本交響楽団
1951年4月7日 リスト「ピアノ協奏曲第1番」 前田幸市郎指揮 東京フィルハーモニー交響楽団
1951年5月12日 ベートーヴェン「ピアノ協奏曲第5番」 山田和男指揮 日本交響楽団
1952年3月31日 ベートーヴェン「ピアノ協奏曲第4番」 高田信一指揮 東京フィルハーモニー交響楽団
1952年4月4日 グリーク「ピアノ協奏曲イ短調」 山田和男指揮 名古屋交響楽団
1952年5月9日 チャイコフスキー「ピアノ協奏曲第1番」 平井哲三郎指揮 東京フィルハーモニー交響楽団
1952年5月17日 ベートーヴェン「ピアノ協奏曲第5番」 前田幸市郎指揮 東京フィルハーモニー交響楽団
1953年12月21日 バルトーク「ピアノ協奏曲第3番」 渡邉曉雄指揮 東京フィルハーモニー交響楽団

家族

兄の恒生は1943年に自死しました。父・國生は終戦後に帰国しましたが、母子とは別居しました。1969年には母・恒子がドイツへ渡り、ベッツドルフで共に暮らしました。梶原の墓所は台東区入谷の正覚寺にあり、母、兄と共に眠っています。父の墓所は港区の聖アンデレ教会にあります。

参考文献

芥川也寸志『音楽の旅』旺文社、1981年。
井口順子『亡命者たちの上海楽団：租界の音楽とバレエ』音楽之友社、2019年。
小川昂編『新編日本の交響楽団定期演奏会記録：1927-1981』民主音楽協会音楽資料館、1983年。
木村重雄『現代日本のオーケストラ：歴史と作品』日本交響楽振興財団、1985年。
久保田慶一『孤高のピアニスト梶原完：その閃光と謎の軌跡を追って』ショパン、2004年。
芸術研究振興財団編『東京芸術大学百年史 演奏会篇 第2巻』音楽之友社、1993年。
NHK交響楽団「現代日本の管弦楽作品表〈1912-1980〉」『フィルハーモニー = Philharmony』53(9)、1981年9月、2-175頁、doi:10.11501/2258841、ISSN 1344-5693。
東京芸術大学百年史編集委員会編『東京芸術大学百年史 東京音楽学校篇 第2巻』音楽之友社、2003年。
日外アソシエーツ編『日本の演奏家：クラシック音楽の1400人』日外アソシエーツ、2012年。
国立音楽大学付属図書館「諸井三郎書誌」『塔』第16号、1976年8月、21-87頁。
* 山口常光編著『陸軍軍楽隊史：吹奏楽物語り』山口常光、1968年。

脚注

注釈

脚注

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