楊国忠

唐朝の権臣、楊国忠の生涯

楊国忠（ようこくちゅう、生年不詳 - 756年）は、唐の玄宗皇帝の時代に権勢を誇った人物です。本名を釗（しょう）といい、楊貴妃の遠縁にあたります。その生涯は、唐王朝の盛衰を象徴する出来事として、歴史に深く刻まれています。

出世の道

蒲州永楽県（現在の山西省）の出身で、若い頃は学問を好まず、酒と博打に明け暮れる日々を送っていたようです。しかし、30歳になった頃に蜀地方軍に入り、軍功を挙げて新都県尉に任命されます。任期を終えた後は困窮し、蜀の豪商、鮮于仲通の援助を受けていました。

その後、遠縁の叔父である楊玄琰（楊貴妃の父）の死後、その家に入り浸り、娘の一人（後の虢国夫人）と密通していたとされています。楊貴妃が貴妃に冊立された頃、剣南節度使の章仇兼瓊が、楊貴妃の一族と関係を築こうと画策しました。鮮于仲通の紹介で章仇兼瓊と会った楊国忠は、その弁舌の巧みさと容姿の良さから気に入られ、多額の財産を与えられ、長安への使者となりました。長安では、一族に財産をばらまき、未亡人となっていた虢国夫人の家に入り浸るようになりました。

玄宗皇帝の寵臣へ

博打好きが玄宗皇帝の目に留まり、金吾兵曹参軍に任命された楊国忠は、その優れた事務処理能力を発揮し、「好度支郎（優れた出納官）」として頭角を現します。宰相の李林甫や御史中丞の王鉷と結託し、政敵を次々と排除していきました。特に、虢国夫人を利用して玄宗の機嫌を取り、自身の立場を有利に進めていきました。その結果、度支員外郎に任命され、15以上の要職を兼任するまでになります。しかし、この頃から李林甫との対立が始まったと言われています。

748年には給事中・御史中丞に任命され、玄宗から「国忠」の名を与えられます。749年には、財政が豊かになったことを玄宗に報告し、賞賛されます。余った穀物を貨幣に変え、長安への税を布や絹にするよう提案しました。750年には、李林甫の腹心であった吉温が付き、李林甫の専権を牽制するようになります。

宰相として権勢を極める

751年、楊国忠が推薦した鮮于仲通が南詔との戦いで大敗を喫すると、彼は敗北を隠蔽し、自ら剣南節度使を兼任します。その後、政敵となった王鉷を陥れ、自殺に追い込みます。御史大夫に昇進し、陳希烈、哥舒翰らとともに李林甫を弾劾し、失脚させます。李林甫の死後、楊国忠は中書令・文部尚書となり、唐の政治を牛耳るようになりました。40以上の要職を兼任し、人事権を掌握し、反対する官僚を地方に左遷しました。753年には、死去した李林甫を謀反の罪で誣告し、その一族を流罪にしました。

安禄山との対立と失脚

安禄山との対立が深まると、哥舒翰と手を組み、安禄山を排除しようとしました。754年には、安禄山が楊国忠の意に反して上京しますが、玄宗の安禄山を宰相に任命しようとする動きを阻止します。しかし、吉温が安禄山に寝返ったことで、対立はさらに激化し、安禄山は長安を脱出して范陽へと帰りました。

755年、楊国忠は、吉温を合浦に流すなど、敵対行動を止めませんでした。安禄山は楊国忠への不満と敵意を募らせ、ついに安史の乱が勃発します。楊国忠は安禄山の乱を軽視し、「安禄山の首は十日以内に届けられるだろう」と豪語しました。しかし、洛陽が陥落し、討伐軍の指揮官である高仙芝と封常清が処刑されると、戦局は悪化の一途を辿りました。

756年、哥舒翰は、安禄山のいとこである安思順と楊国忠の腹心である杜乾運を謀殺しました。世論が楊国忠への批判を高める中、彼は玄宗を唆して哥舒翰に出撃を強要しました。しかし、哥舒翰は安禄山の軍に大敗し捕らえられ、潼関が陥落しました。

悲惨な最期

楊国忠は、玄宗に蜀への避難を提案し、自身は宰相の責任を逃れようとしました。玄宗はこれを受け入れ、太子李亨、楊貴妃、楊氏一族、宦官の李輔国らとともに西方へ出発します。しかし、馬嵬駅（現在の陝西省咸陽市興平市）に着いたところで、兵士たちの不満が爆発しました。兵士たちは楊国忠を逆賊とみなし、その殺害を要求しました。最終的に、楊国忠は兵士たちによって殺害され、その首は槍先に晒されました。

楊国忠の死後、御史大夫の魏方進や、子の楊暄、虢国夫人なども殺害されました。さらに、兵士たちは玄宗に楊貴妃の処刑を要求し、高力士の説得により、玄宗は泣く泣く楊貴妃を縊死させました。楊国忠の残りの子も、前後して殺害されています。

人物像とエピソード

楊国忠は、弁舌は巧みであったものの、軽率な性格で威厳に欠けていたと言われています。宰相になってからは、「もともと家柄も低く、名を成すこともないだろうから、今を楽しむにこしたことはない」と語っていたそうです。

また、息子の楊暄が科挙で不合格になった際、試験官を叱りつけ、合格させたというエピソードも残っています。虢国夫人とは、出世後も親密な関係を続け、馬に乗り、朝廷に入ることもあったそうです。冬には、風よけのために太った侍女たちを前に歩かせ、「肉陣」と呼んだり、自宅に壮麗な四香閣を建設したりと、贅沢を極めた生活を送っていました。一族もまた、奢侈を尽くし、春には豪華なパレードを繰り広げていました。

伝記資料

『旧唐書』巻一百六列伝第五十六「楊国忠伝」
『新唐書』巻二百六列伝第百三十一外戚「楊国忠伝」
『資治通鑑』
『開元天宝遺事』

参考文献

村山吉廣「楊貴妃」
藤善真澄「安禄山と楊貴妃安史の乱始末記」

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