楠本長三郎

楠本長三郎

楠本長三郎（くすもと ちょうざぶろう、1871年3月10日 - 1946年12月6日）は、日本の内科学者であり、大阪帝国大学（現在の大阪大学）の創設と発展に大きく貢献しました。大阪医科大学を昇格させ、第二代総長として微生物病研究所や産業科学研究所などを設立し、大学の規模拡大に尽力しました。その功績から、正三位、勲一等の位階と勲章を授与されています。

生い立ち

1871年（明治4年）1月20日、肥前国大村藩の医家である楠本家の次男として、長崎県西彼杵郡七釜村（現在の西海市西海町中浦）に生まれました。幼少期に父を亡くし、祖父と母に育てられました。祖父の死後は、母が女手一つで長三郎を含む4人の子供たちを育てました。長三郎は、母の愛情に応え、第一高等学校、東京帝国大学医科大学医学科を卒業後、大阪府立高等医学校教諭、大阪医科大学教授を経て、同大学の学長・病院長となりました。故郷への思いも強く、1921年（大正10年）には、貧しい学生のための奨学金や公会堂を寄付しています。

医師としての研究と活躍

1906年（明治39年）には、ドイツ留学中にザリチンの作用や、食餌と糞便の胆脂との関係、コプロステリンなどの研究を行いました。帰国後、ビタミンB1についても言及するなど、先駆的な研究を行いました。1909年（明治42年）には、「腎臓に於ける出血の発生に就いて」の論文で東京帝国大学から医学博士号を授与されました。研究活動だけでなく、臨床にも力を入れ、患者に親切丁寧に対応しました。患者の診療を趣味のように好み、54歳で大阪医科大学学長に就任後も、その姿勢は変わらず、治療の腕は名人と言われるほどでした。大阪の実業界や言論会からも非常に信頼され、多くの人々がその世話になったと伝えられています。

大阪帝国大学への貢献

大阪帝国大学の創立

大阪医科大学学長に就任して以来、長三郎は大阪帝国大学の創立に尽力しました。1930年（昭和5年）には欧米各国を視察し、大学制度を研究しました。帰国後、学内教官団、大阪府、大阪市、財界、言論界など官民一致の協力を得て、大阪帝大設立に奔走しました。1931年（昭和6年）5月1日、浜口雄幸総理や井上準之助蔵相の理解を得て、大阪帝国大学が誕生しました。大阪府からの寄付金は総額185万円（現在の価値で約30億円）にものぼり、そのうち95万円は長三郎の経理運営改革によって得られた大阪医科大学病院の収入残余でした。

初代総長人事

初代総長の人事では、地元大阪側が長三郎の就任を強く要望しましたが、文部省側は粟屋謙を主張し、対立しました。文部大臣の田中隆三は、理化学研究所から推薦された長岡半太郎に承諾を求めました。長岡は、後任を長三郎とすること、短期間で退任することを条件に承諾しました。

第二代総長在任中

1934年（昭和9年）6月、長三郎は大阪帝国大学の第二代総長に就任しました。就任後、財界から寄付を集め、同年9月には微生物研究所を設立、1935年（昭和10年）8月には大阪癌治療研究会を組織しました。癌治療研究会ではチェコスロバキアからラジウムを購入し、癌治療の端緒を開きました。その後も、1937年（昭和12年）1月には日本学術振興会附属災害科学研究所、1939年（昭和14年）11月には産業科学研究所/産業科学研究協会を設立するなど、大学の規模拡大に大きく貢献しました。1942年（昭和17年）9月には、緒方洪庵の適塾の土地・建物が、緒方家と日本生命保険株式会社社長の成瀬達との協議の結果、楠本長三郎に寄付されました。

楠本賞

1943年（昭和18年）2月、長三郎の退官を機に「楠本前総長記念奨学会」が組織され、1945年（昭和20年）3月には「楠本博士記念奨学会」が発足しました。同奨学会では、長三郎の「在職中の意志を継承し、人文及び自然科学の発達を促進助成する」という趣旨のもと、大阪大学の各学部・学科の優秀な卒業生（主に各学部の首席卒業生）に「楠本賞」が贈られています。

著名人との親交

長岡半太郎

長岡半太郎は、長三郎と同郷の先輩後輩であり、親交がありました。長岡は妻子の医療を長三郎に託し、長三郎の長女菊江は長岡の次男正男（後の日本光学社長）と結婚し、親戚関係となりました。

伊藤忠兵衛

伊藤忠兵衛は、日露戦争の頃から長三郎の世話になり、信頼していました。伊藤家の主治医も務め、産業科学研究所設立の際には、土地を寄贈してもらいました。

経歴

1871年（明治4年）1月 長崎県西彼杵郡七釜村（現在の西海市西海町中浦）に生まれる
1889年（明治22年） 私立大村中学校卒業
1896年（明治29年） 第一高等学校卒業
1900年（明治33年）12月 東京帝国大学医科大学医学科卒業
1901年（明治34年）1月 東京帝国大学医科大学副手、7月 東京帝国大学医科大学助手
1905年（明治38年）4月 大阪府立高等医学校教諭・内科医長
1906年（明治39年）3月 ドイツ ブレスラウ大学へ留学
1907年（明治40年）10月 帰国
1909年（明治42年）12月 東京帝国大学医学博士
1917年（大正6年）2月 公立専門学校教授
1919年（大正8年）11月 公立大学教授/大阪医科大学教授
1924年（大正13年）5月 公立大学学長/大阪医科大学学長、10月 大阪医科大学附属医院長
1931年（昭和3年）5月 大阪帝国大学創立/同学教授/同学医学部長/同学附属医院長/同学大学総長事務代理
1934年（昭和9年）6月 大阪帝国大学総長、9月 微生物病研究所を設立
1935年（昭和10年）8月 財団法人大阪癌治療研究会を組成/初代理事長に就任
1937年（昭和12年）1月 日本学術振興会附属災害科学研究所を設置/所長に就任
1939年（昭和14年）11月 産業科学研究所/産業科学研究協会 設立
1940年（昭和15年）11月 ドイツ国よりドイツ・アカデミー会員に推薦される
1942年（昭和17年）9月 適塾の土地・建物が大阪帝国大学に寄附される
1943年（昭和18年）2月 大阪帝国大学総長退官、5月 大阪帝国大学名誉教授
1946年（昭和21年）12月 大阪帝国大学医学部附属医院にて75歳で没した

主催学会

第27回 日本内科学会総会・講演会会頭
第8回 日本医学会総会副会頭
第12回 日本医学会総会会頭

その他

医術開業試験委員
教学刷新評議会委員
大阪高等工業学校評議員
科学振興調査会委員
学校報国隊大阪地方部長
産業科学研究所商議員

栄典

位階

1908年（明治41年）9月 正六位
1915年（大正4年）12月 従五位
1921年（大正10年）7月 正五位
1926年（大正15年）8月 従四位
1933年（昭和8年）3月 正四位
1938年（昭和13年）4月 従三位
1943年（昭和18年）2月13日 正三位

勲章

1906年（明治39年）10月 勲六等瑞宝章
1914年（大正3年）12月 勲五等瑞宝章
1922年（大正11年）3月 勲四等瑞宝章
1928年（昭和3年）3月 勲三等瑞宝章、11月 大礼記念章
1936年（昭和11年）4月 勲二等瑞宝章
1943年（昭和18年）2月10日 勲一等瑞宝章

脚注

参考文献

大阪大学出版会『大阪大学歴代総長餘芳』
* 福浦佳子、大阪大学医学部第一内科開講100周年記念事業実行委員会『大阪大学医学部第一内科開講100周年記念誌』

もう一度検索