水生カメムシ類

「水生カメムシ類」とは、学術的な分類群ではなく、水辺環境、すなわち水中、水面、あるいは水際に生息するカメムシ目の昆虫たちを便宜的にひとまとめにした呼び方です。このグループは、分類学的にはタイコウチ下目（Nepomorpha）、アメンボ下目（Gerromorpha）、ミズギワカメムシ下目（Leptopodomorpha）という三つの異なる下目にまたがっており、その多様性がうかがえます。タガメやタイコウチといった知名度の高い種類も含まれ、昆虫愛好家の間では特に人気があります。

ただし、「水生カメムシ類」という言葉は、タイコウチ下目そのものを指す呼称として使われることもあり、その場合はアメンボ下目やミズギワカメムシ下目は含まれません。同じ言葉でも、指す範囲が異なる場合があるため注意が必要です。

多様な特徴

水生カメムシ類には、驚くほど多様な姿や生態を持つものがいます。よく知られた大型種もいれば、ひっそりと暮らす小型種も多数存在します。生息地のほとんどは池や川などの淡水域で、海に生息するのはごく一部のアメンボ類に限られます。

食性は肉食のものが大半です。水辺を歩き回る種類や水面生活者は主に他の昆虫を狙い、水中で暮らす種類は他の水生昆虫、魚、オタマジャクシなどを捕らえます。多くの肉食性の水生カメムシは、獲物を捕らえるために前脚が鎌（かま）のように発達しています。短い口器を獲物に突き刺し、麻痺毒を含む唾液を注入して動きを封じます。さらに、消化酵素を送り込んで獲物の体内組織を体外で消化し、液状になった栄養分を吸い取って摂取します。

中脚と後脚は、多くの種で水中を泳ぐのに適した形状に発達しています。また、水中生活を送る種類であっても、大部分は空気呼吸を行っています。羽と胴体の間に空気を溜め込み、これを水中での活動のための「空気ボンベ」として利用します。中には、腹部の先端に長い突起を持ち、これを水面に出して空気を取り込む種類もいます。

産卵は水面より上に行う種類が多く見られます。タガメのように、産み付けられた卵塊をオスが保護する、いわゆる「育児」を行う種類も知られています。

多様な暮らし方

水生カメムシ類は、その生息環境によって大きく三つのタイプに分けられます。

湿地性のカメムシ：池や川の岸辺、水際などを歩き回り、そこで見つけた昆虫などを捕食します。ミズギワカメムシ科や、それに似た形のメミズムシ科などが含まれます。アシブトメミズムシ科のように、海岸の砂浜に生息し、夜間に活動してダンゴムシなどを食べるユニークな種類もいます。

水面性のカメムシ：水面を巧みに利用して生活します。代表的なのはアメンボ科の仲間です。このほか、ごく小型で細長いイトアメンボ科や、体長2mmほどの小さなカタビロアメンボ科などがいます。ミズカメムシ科は水際の水面に生息し、やや脚の長いカメムシといった姿をしています。

水中性のカメムシ：文字通り水中で暮らす種類です。前脚が捕獲用の鎌になっているものが多く含まれます。楕円形でよく泳ぐコバンムシ科、メスがオスの背中に卵を産み付けることで知られるコオイムシ科（タガメ、コオイムシなど）、長い呼吸管を持つタイコウチ科（タイコウチ、ミズカマキリなど）が代表的です。ナベブタムシ科は円盤状の体で渓流に生息し、空気呼吸を必要としない完全水中生活者です。

鎌状の前脚を持たない水中性の種類もいます。マツモムシ科は後脚が特に発達しており、背泳ぎで泳ぎます。マツモムシは水面下にぶら下がり、落ちてくる虫を待ち伏せます。不用意につかむと強く刺されることがあるため注意が必要です。コマツモムシは水中で群れて漂っています。マルミズムシ科やタマミズムシ科も小型で背泳ぎをします。ミズムシ科はオール状の後脚で素早く泳ぎ、水底に体を固定します。ミズムシは「フウセンムシ」とも呼ばれ、水槽に沈めた紙切れを水面に浮かばせる子供の遊びに使われた歴史もあります。

人とのかかわり

タガメやタイコウチなどは、養魚場では飼育魚を捕食するため害虫と見なされることがあります。また、マツモムシのように刺す種類もいますが、これらは偶発的なもので、積極的に人間を攻撃するわけではありません。東南アジアの一部地域では、タイワンタガメなどが食用とされています。

しかし、多くの水生カメムシ類は、そのような実用的な側面よりも、かつては子供たちの身近な遊び相手、ペットとして親しまれてきました。水辺での昆虫採集において、彼らはしばしば注目の的でした。現在では自然環境でこれらの虫を見る機会が減ったこともあり、ビオトープ施設で大切に飼育されたり、マニアや収集家向けに販売されたりする姿も見られます。

危機に瀕する水辺の虫たち

残念ながら、現在、日本各地で水生カメムシ類の生息数が著しく減少し、絶滅の危機に瀕している種類も少なくありません。その原因は多岐にわたりますが、水辺環境の悪化が最も大きな要因と考えられています。

具体的な減少要因としては、埋め立てや開発による池や湿地の減少、生活排水や農業排水による水質汚染や富栄養化、河川改修による単純化された水路構造などが挙げられます。また、農薬の使用による影響、カエルやメダカといった餌となる生き物の減少、さらにオオクチバスやブルーギル、アライグマなどの肉食性外来生物による捕食圧も大きな要因と考えられています。ペットとしての需要や採集活動が、一部の種類に影響を与えている可能性も指摘されています。

特に、カワムラナベブタムシやコバンムシは現在最も見つけるのが難しい種類とされています。琵琶湖水系の固有種であるカワムラナベブタムシは、1960年代以降確認されていません。コバンムシは水草の多い低地の池に生息していましたが、開発や環境悪化、外来生物の侵入などにより激減しました。かつて水田で普通に見られたタガメも、1970年代には数を減らし始め、現在では多くの地域で非常に希少な存在となっています。

ビオトープのように彼らの生息環境を再現した場所では、ミズカマキリやタイコウチなどが繁殖することもありますが、タガメのような大型種が定着するには、より広範囲で十分な餌が得られる豊かな環境が必要です。

分類学上の位置

「水生カメムシ類」が属する主な分類群は以下の通りです。

タイコウチ下目（Nepomorpha）
ナベブタムシ科（Aphelocheiridae）
コオイムシ科（Belostomatidae）
ミズムシ科（Corixidae）
アシブトメミズムシ科（Gelastocoridae）
タマミズムシ科（Helotrephidae）
メミズムシ科（Ochteridae）
コバンムシ科（Naucoridae）
タイコウチ科（Nepidae）
マツモムシ科（Notonectidae）
マルミズムシ科（Pleidae）

アメンボ下目（Gerromorpha）
アメンボ科（Gerridae）
ケシミズカメムシ科（Hebridae）
サンゴアメンボ科（Hermatobatidae）
イトアメンボ科（Hydrometridae）
ミズカメムシ科（Mesoveliidae）
カタビロアメンボ科（Veliidae）

ミズギワカメムシ下目（Leptopodomorpha）
ミズギワカメムシ科（Saldidae）
サンゴカメムシ科（Omaniidae）

※上記以外にも含まれる科や、水生ではないがこの下目に含まれる科もあります。

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