津村謙

津村 謙（つむら けん）は、1923年12月12日に富山県下新川郡入善町で誕生した、日本の男性歌手です。本名は松原 正（まつばら ただし）といい、元宝塚歌劇団の俳優であった大国阿子を妻に迎えました。

経歴

地元、魚津中学校を卒業後、上京して著名な作曲家である江口夜詩の門下に入ります。1943年（昭和18年）にはテイチクより歌手としてデビューを果たしますが、活動は短期間にとどまり、間もなく兵役に就くこととなります。終戦後の1946年（昭和21年）に、改めて「津村謙」として再出発を切りました。この芸名は、戦時中に絶大な人気を博した映画『愛染かつら』の主人公、津村浩三から「津村」を、そして同役を演じた俳優、上原謙から「謙」の一字を取って名付けられたものです。

再デビュー後、しばらくは目立ったヒット曲に恵まれませんでしたが、1951年（昭和26年）に転機が訪れます。作詞・東条寿三郎、作曲・渡久地政信による楽曲「上海帰りのリル」が空前のヒットを記録し、津村謙は一躍、国民的な人気歌手となりました。この楽曲は、翌1952年には島耕二監督によって映画化され、作品の人気を一層高めました（後年、俳優の根津甚八によってカバーされています）。「上海帰りのリル」の影響力は歌手の世界にとどまらず、作家の松本清張が1957年に発表した小説「捜査圏外の条件」において、そのモチーフとして使用されたことからも分かります。発売から6年が経過してもなお、多くの人々に口ずさまれていた証拠と言えるでしょう。この大ヒットを受けて、他のレコード会社からも「リル」と冠した類似の楽曲が複数発売されましたが、「上海帰りのリル」を超える成功を収めた曲は現れませんでした。ちなみに、「リル」とは「my little daring」の略称であるとされています。

「上海帰りのリル」以降も、津村謙は多くのヒット曲を世に送り出しました。「リルを探してくれないか」「心のリルよなぜ遠い」「紅椿の歌」「東京の椿姫」「待ちましょう」といったソロ曲に加え、吉岡妙子とのデュエット曲「あなたと共に」なども人気を集めました。その端正な容姿と、声楽家を思わせるような豊かな響きを持つ美しい歌声から、「ビロードの歌声」というニックネームで親しまれました。

NHK紅白歌合戦へも、1952年の第2回から1958年の第9回まで、8回連続で出場を果たしており、当時の人気ぶりがうかがえます。特に第6回から第9回までのラジオ中継の音声が現存しています。

人物

同じキングレコードに所属していた歌手、三条町子氏によれば、津村謙は普段から口数が少なく、非常に物静かな人物であったと伝えられています。また、熱心な麻雀愛好家であったことでも知られています。しかし、この麻雀好きが、後に彼の命を奪う悲劇的な事故の一因となってしまったのです。

最期

1961年11月28日、津村謙は東京都杉並区の自宅にて、予期せぬ形でその短い生涯を終えました。深夜、麻雀をして帰宅した際、家族を起こすまいと気遣い、自宅車庫にエンジンをかけたまま停めてあった乗用車の中で休息しようとしたと見られています。しかし、これが原因で車内に充満した排気ガスによる一酸化炭素中毒を起こし、昏睡状態に陥っているところを家族に発見されました。病院へ緊急搬送されましたが、意識が回復することなく、発見当日に亡くなりました。37歳でした。現場に飲酒の形跡はなかったとのことです。彼の墓所は小平霊園にあります。

後世への影響

津村謙の残した楽曲は、今なお親しまれています。彼の楽曲「赤いマフラー」は、山陰放送の長寿番組「音楽の風車」のテーマソングとして、開局以来現在に至るまで使用され続けています。また、代表曲である「上海帰りのリル」は、彼の出身地である入善町に位置する、あいの風とやま鉄道線入善駅の到着メロディとして、2017年から採用されています。わずか37歳でこの世を去った早すぎる死は惜しまれますが、その美声と功績は、今も楽曲を通して語り継がれています。

主な映画出演

遊侠の群れ（1948年、松竹）
上海帰りのリル（1952年、新東宝）
花形歌手 七つの歌（1953年、大映）
霧の第三桟橋（1953年、新東宝）
* 陽気な天国（1953年、日活）

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