海賊の黄金時代

「海賊の黄金時代」（Golden Age of Piracy）とは、歴史学において、近代初期に海賊行為が著しく隆盛を極めた時期を指す呼称です。この言葉自体は当時の記録にはなく、後世になって、特に19世紀末から使用されるようになったものです。

定義と期間

この時代の厳密な期間については歴史家の間でも議論がありますが、一般的に広義では1650年頃から1730年頃までの約80年間を指します。この広義の期間は、さらに三つの異なる時期に区分されるのが主流な見解です。

1. バッカニア時代（1650年頃 - 1680年代）
イギリスやフランスを起源とする船乗りたちが、カリブ海のジャマイカ島やトルトゥーガ島を拠点に活動しました。彼らは主にスペインの植民地や商船を攻撃し、カリブ海や東太平洋を荒らしました。当初は猟師だった彼らが、スペインの攻撃に対抗する形で職業海賊へと変貌していった経緯があります。

2. 海賊周航時代（1690年代）
大西洋のバミューダ諸島や北米大陸沿岸を拠点とした海賊たちが、長距離航海に出て活動範囲を広げました。彼らの主な標的は、インド洋や紅海を航行するムスリム商船やヨーロッパ各国の東インド会社所属の船でした。バッカニア時代の終焉に伴い、新たな獲物を求めて活動海域を移動した一派です。

3. スペイン継承戦争以降の時代（1716年 - 1726年）
1713年頃に終結したスペイン継承戦争によって、数多くのイギリスやアメリカの水兵、特に私掠船員が職を失いました。彼らが大量に海賊へと転身し、カリブ海、北米東岸、西アフリカ沿岸で活動を展開した期間です。現代の人々が持つ海賊のイメージは、この時代の活動に由来することが多いですが、必ずしも正確ではない場合もあります。

狭義には、この三番目の時代のみを指して「海賊の黄金時代」とすることもあります。

隆盛の背景

この時代に海賊行為がこれほどまでに広まった背景には、いくつかの要因が挙げられます。

ヨーロッパと植民地間での高価な物資輸送の増加
特定の海域におけるヨーロッパ諸国海軍のプレゼンス低下
海軍、特にイギリス海軍での経験を積んだ熟練水兵の供給過多
海外植民地の行政体制の不備や非効率性
失職した水兵たちの劣悪な労働条件

当時の海賊活動は、大航海時代以降のヨーロッパ列強による交易や植民地を巡る対立が、形を変えて海上に出現したものとも言えます。主にイギリス、オランダ、フランスといった国の出身者が多くを占めていました。

衰退への道

18世紀に入ると、国家による私掠船への依存が減少し、やがて非推奨へと向かいました。スペイン継承戦争終結による大量の失業者発生は一時的に海賊を増加させましたが、その過剰な活動は逆に各国に脅威を与え、商船保護のための海軍力強化を促しました。熟練した水兵の増加は、海賊だけでなく、海軍にとっても優秀な人材源となったのです。

1718年の著名な海賊「黒髭」ことエドワード・ティーチの死は、海賊の勢いが衰え始める象徴的な出来事と見なされています。安全な拠点（特にナッソー）を失い、強力になった海軍からの圧力を受ける中で、海賊たちは次第に獲物を奪う側から追われる側へと変わっていきました。多くはカリブ海を離れ、比較的守りの手薄な西アフリカ沿岸へと向かいましたが、かつてのような隆盛は取り戻せませんでした。スペイン継承戦争以降に限定される狭義の「海賊の黄金時代」は、結局十年余りでその幕を閉じたと言えます。

著名な海賊たち

海賊の黄金時代には、今日でもよく知られる多くの海賊が登場しました。アレクサンドル・エスケメランによるバッカニアの記録や、キャプテン・チャールズ・ジョンソンの『悪名高き海賊たちの強奪と殺人の歴史』といった同時代の史料が、彼らの姿を伝えています。

例として、以下のような人物が挙げられます。

ヘンリー・モーガン: パナマ市攻略などで名を馳せたバッカニア。後にジャマイカ副総督に就任した異例の人物。
ヘンリー・エイヴリー: ムガル皇帝の船「ガンズウェイ号」拿捕で有名。財宝と共に姿を消したとされる。
ウィリアム・キッド: 財宝伝説と共に語られることが多いが、その罪状には議論もある。
エドワード・ティーチ（黒髭）: 最も恐れられた海賊の一人として知られる。
ジョン・ラカム（キャラコ・ジャック）: アン・ボニーとメアリ・リードという二人の女海賊と共に活動した。
バーソロミュー・ロバーツ（ブラック・バート）: 史上最も多くの船を拿捕したとされる成功した海賊。
エドワード・ロー: 捕虜への残虐行為で悪名高い。

用語の変遷

「海賊の黄金時代」という言葉は、前述の通り後世の造語であり、1894年にジャーナリストのジョージ・パウエルが最初に使用したとされています。その後、歴史家のジョン・フィスクが1897年に1650年頃から1720年頃を指すものとして体系的に用い、この概念が広がりました。20世紀後半にかけては、特に18世紀初頭の短い期間に限定してこの言葉を使う傾向が見られましたが、近年では再びレディカーによる三期区分説が主流となっています。これらの定義の変遷は、海賊史研究の深化と共に進んできたものです。

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