涅槃交響曲

涅槃交響曲について

黛敏郎が1958年に作曲した「涅槃交響曲」（Symphony Nirvana）は、彼の代表作の一つであり、1959年に第7回尾高賞を受賞した作品です。この交響曲は、早坂文雄に捧げられました。特筆すべきは、オーケストラだけでなく、舞台上のオーケストラと客席バルコニーに配置された2群のバンダ、そして仏教の声明を取り入れた男声合唱が組み合わさり、ホール全体を効果的に活用した演奏が行われる点です。

黛は、1951年からのテープ音楽や電子音楽の経験を生かし、梵鐘の音をスペクトル解析し、その音色をオーケストラで再現するという独自の試みを行いました。彼はこの手法を「カンパノロジー・エフェクト」と名付けました。初演時、第1楽章のみが「カンパノロジー」という題でNHK交響楽団によって放送されましたが、その後、天台宗の経典に基づく読経を取り入れた第2楽章以降が追加され、大作交響曲として完成しました。

男声合唱は第2, 4, 5, 6楽章で用いられ、楽章間は途切れることなく全曲が連続して演奏されます。オーケストラは舞台上だけでなく、客席バルコニーに2群のバンダが配置されることで、立体的な音響効果を生み出しています。

楽章構成

1. 第1楽章 - カンパノロジー I：オーケストラのみで演奏されます。スペクトル解析された梵鐘の倍音がオーケストラによって模倣され、2群のバンダとの掛け合いによって、鐘の響きが表現されます。
2. 第2楽章 - 首楞厳神咒（しゅりょうごんじんしゅ）：男声合唱が加わり、天台宗の経典が単音の反復による読経の形式で歌われます。音程が積み重なり、最終的には半音12音全てを含む和音へと発展します。
3. 第3楽章 - カンパノロジー II：オーケストラのみで演奏されます。第1楽章の主題を内面的に発展させた、瞑想的な音楽が展開されます。
4. 第4楽章 - 摩訶梵（まかぼん）：男声合唱のソリスト6人が加わり、オーケストラによる鐘の音を模倣した和音が静かに鳴り響く中、「摩訶般若波羅蜜多」の一節がグリッサンドで繰り返されます。
5. 第5楽章 - カンパノロジー III：作曲者の言葉によれば、「全山の鐘が一斉に打ち鳴らされる」場面が描写されています。後半からは男声合唱が加わり、「オー」という発音のヴォカリーズで歌われます。
6. 第6楽章 - 終曲（一心敬礼）：音楽は無調から一転し、ロ調の旋法に基づく調性的な響きとなります。天台宗の声明「一心敬礼」に基づくメロディが男声合唱によって歌われます。ここでも歌詞は無く「オー」のヴォカリーズで歌われ、同じメロディがオーケストラによって展開された後、曲は「永遠の涅槃に達して」という言葉で締めくくられます。

楽器編成

オーケストラは3つのグループに分けられ、舞台上のメインオーケストラをグループII、客席バルコニーに配置される2つのバンダをグループIおよびIIIとします。

グループI：フルート3（1,2奏者はピッコロ持ち替え）、変ロ調クラリネット、変ホ調小クラリネット、グロッケンシュピール、スレイベル
グループII：木管楽器（フルート3、オーボエ2、コーラングレ、変ロ調クラリネット2、バスクラリネット、ファゴット2、コントラファゴット）、金管楽器（ヘ調ホルン3、変ロ調トランペット3、トロンボーン3）、打楽器（ティンパニ4台、タムタム、チューブラーベル、ヴィブラフォン、シンバル2、サスペンデッドシンバル、シロフォン）、鍵盤楽器（チェレスタ、ハープ、ピアノ）、弦五部、男声合唱
グループIII：ヘ調ホルン3、トロンボーン3、チューバ、コントラバス2、タムタム

合唱：テノール、バリトン、バスが最大4声ずつに分かれる12部構成の男声合唱で、60名～120名規模。各パートから2名ずつのソリスト計6名を含む

演奏時間

約35分。

その他

- 黛が音楽を担当した市川崑監督の映画『炎上』（1958年）のオープニングには、第4楽章が引用されています。映画は三島由紀夫の小説『金閣寺』を原作としており、黛の後のオペラ制作につながるきっかけとなっています。
- 西村昭五郎監督の映画『競輪上人行状記』（1963年）のエンディングでは、第6楽章の一心敬礼が効果的に使用されています。
- 黛が作曲したオペラ『金閣寺』（1976年）では、第2楽章と同じ読経が引用されています。
- バレエ『ザ・カブキ』（1986年）では、第5楽章後半と第6楽章がそのまま使われています。

エピソード

黛は、武満徹にピアノを無償で貸し与えたことがきっかけで、武満から仏教経典の掛け軸を贈られ、それが『涅槃交響曲』の作曲につながったというエピソードがあります。また、レコードで本作を聴いたジョン・ヒューストン監督の指名により、映画『天地創造』の音楽を担当することとなりました。

参考文献

- 「最新名曲解説全集交響曲III」音楽之友社
- スコアはペータース社より発売

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