源氏物語60巻説

源氏物語60巻説：謎めいた巻数の由来と歴史

「源氏物語」は、一般的に54帖から構成されるとされていますが、古くから「60巻（帖）説」が存在します。この説は、鎌倉時代から様々な文献に現れ、物語の成立や解釈に影響を与えてきました。しかし、江戸時代には本居宣長らによって「妄説」と否定され、その後は仏教経典になぞらえた抽象的な解釈が主流となりました。近年では、寺本直彦氏らによって、この説が何らかの事実を反映している可能性が指摘され、改めて注目を集めています。

60巻説が登場する文献

60巻説に触れる文献は数多く存在します。

『無名草子』
『今鏡』
『源氏一品経』
『光源氏物語本事』
『源氏物語のおこり』
『宝生流謡曲源氏供養』
『十二段草子』
『今はむかし物語』

特に『源氏物語のおこり』などは、紫式部が60帖を完成させ、そのうち6帖を秘伝として隠したという詳細な経緯を伝えています。しかし、これら文献の多くは、具体的な巻名を挙げていませんでした。

近年、島原松平文庫蔵本の『光源氏一部謌』に、桐壺巻の一節に「60巻説では、ここから先を『壺前栽』という別の巻とする」という注釈が発見されたことは大きな注目を集めました。この発見は、60巻説が単なる抽象的な数え方ではない可能性を示唆しています。

雲隠六帖との関連性

室町時代に成立したとされる補作「雲隠六帖」は、全6帖から構成されます。これは、既存の54帖に6帖を加え、60帖とするための補完として作られたと考えられています。このことは、室町時代においても60巻説が広く認識されていたことを示唆しています。

江戸時代の版本

江戸時代の『源氏物語』版本の中には、本文54帖に加え、「源氏目案」、「引歌」、「系図」、「山路露」などを加えて60冊とするものも存在します。これも60巻説の影響を受けていると考えられます。代表的な例として以下のものがあります。

『絵入源氏物語』
『源氏物語湖月抄』

60巻説の可能性：新たな解釈

本居宣長以降、60巻説は事実とは考えられていませんでしたが、近年、新たな解釈が登場しています。大きく分けて以下の2つの説があります。

1. 既存の54帖に他の帖を加える説：
白造紙や古系図には、夢浮橋の後に「巣守」、「桜人」、「狭筵」などが追加されているものがあり、これらを加えて60帖とする解釈があります。
また、「すもり六帖」と呼ばれる6帖を、赤染衛門作として加える解釈もあります。

2. 54帖の分割・統合による説：
* 寺本直彦氏は、巻名の異名や並びの巻の現象に着目し、1帖を複数帖に分割したり、複数帖を1帖に統合したりすることで、54帖を60帖と数える可能性を示唆しています。具体的には、「桐壺」と「壺前栽」、「若菜上」と「若菜下」、「東屋」と「狭筵」、「宿木」と「貌鳥」、「夢浮橋」と「法の師」などが挙げられています。これらの巻は、古写本によっては分割・統合されていた可能性があるのです。

まとめ

「源氏物語60巻説」は、単なる誤説ではなく、物語の成立過程や受容の歴史を理解する上で重要な手がかりとなる可能性があります。今後の研究により、この謎めいた説の真実に迫ることが期待されます。様々な文献や解釈を比較検討することで、源氏物語の奥深さを改めて知ることができるでしょう。

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