狩野栄信

江戸狩野派を彩った名匠：狩野栄信

狩野栄信（かのう ながのぶ、1775-1828）は、江戸時代後期を代表する絵師の一人であり、江戸狩野派（木挽町家狩野派）の8代目当主として知られています。幼名英二郎、号は伊川、伊川院、玄賞斎など多岐に渡り、父は狩野惟信です。

栄信は11歳で奥絵師としてキャリアをスタートさせ、その後、法眼、法印に叙任されています。1808年には父の後を継ぎ家督を相続、朝鮮通信使への贈答用屏風絵制作の棟梁も務めました。文化13年（1816年）には法印の位階に昇進。茶道にも造詣が深く、松平不昧公の庇護を受けたとも伝えられています。

息子の養信が記した『公用日記』には、栄信の意外な一面も垣間見えます。能鑑賞会などの公務を息子に押し付けるなど、やや自由奔放な性格であったようです。しかしながら、その画才は群を抜いており、現存する作品はどれも高い評価を得ています。

栄信の画風は多様性に富んでいます。中国名画の場面を複数組み合わせ、新たな画題を生み出す独自の技法を確立しました。また、清代絵画の影響を取り入れ、遠近法を用いた奥行きのある画面構成にも成功しています。さらに、家祖である狩野尚信風の瀟洒な水墨画を復興し、長崎派や南蘋派の影響が見られる鮮やかな着色画も手掛けています。大和絵の細密な技法も積極的に取り入れるなど、その画風は実に多面的で、後の狩野派、特に息子の養信へと繋がる様々な要素を含んでいます。

栄信には才能ある多くの弟子がおり、菊田伊洲、菊田伊徳などがその名を連ねています。栄信の子息たちもそれぞれ画壇で活躍しました。長男の養信は家督を継ぎ、次男の朝岡興禎は『古画備考』を著し、五男の董川中信は浜町狩野家を、六男の永悳立信は宗家である中橋狩野家に入り、後にフェノロサと交流を持つなど、その一族は江戸時代後期の美術界に大きな足跡を残しました。

狩野栄信は、単なる狩野派の継承者という枠を超え、自身の才能と時代の潮流を巧みに融合させ、独自の画境を築き上げた絵師と言えます。彼の作品は、江戸時代後期の絵画史において重要な位置を占め、後世の絵師たちに大きな影響を与え続けました。様々な画風を駆使し、伝統と革新を見事に調和させた栄信の芸術は、今もなお人々を魅了し続けています。

参考資料

安村敏信 『もっと知りたい狩野派 探幽と江戸狩野派』 東京美術〈アートビギナーズ・コレクション〉、2006年
山下裕二監修 安村敏信 山本英男 山下善也筆 『狩野派決定版』 平凡社〈別冊太陽 日本のこころ131〉、2004年
『特集 狩野派の世界2009』 静岡県立美術館、2009年
『狩野派の世界 ─静岡県立美術館蔵品図録─』 静岡県立美術館、1999年
『狩野派の三百年』 東京都江戸東京博物館、1998年
『開館三周年記念展 狩野派の巨匠たち』 静岡県立美術館、1989年

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