王瑩 (女優)

王瑩（ワン・イン）

中国の20世紀を代表する女優の一人、王瑩（1913年3月8日 - 1974年3月3日）は、その多才さで知られる一方で、文化大革命の波に呑み込まれ非業の死を遂げた悲劇の人物です。本名は喩志華、王克勤という別名や桂貞という幼名も持ち合わせていました。彼女の波乱に満ちた生涯は、中国の近現代史、特に演劇・映画界と政治の繋がりを色濃く反映しています。

不遇な生い立ちと芸能界への第一歩

王瑩は安徽省蕪湖で生まれました。母親は音楽教師であり、幼い頃から歌を好んだ彼女は周囲から「小さなスター歌手」と呼ばれたと言われています。しかし、8歳で母を亡くすと、継母からの虐待に苦しみ、さらに実父によって将来の妻として養育される「童養媳（トンヤンシー）」としてある商店主に売られるという過酷な経験をしました。この不幸な境遇を脱するため、漢口で学校を運営する叔母を頼り、その縁から上海芸術劇社に参加。演劇「炭坑夫」や「西線無戦事（西部戦線異状なし）」で子役として類稀なる才能を発揮し、「天才子役」と称される評判を獲得しました。

学業と左翼活動、そして芸名の由来

1928年、王瑩は上海芸術大学に入学し、文学を学ぶ傍ら学生会の代表を務めます。同時期に王克勤の別名で長沙の湘雅病院看護婦学校でも学び、左翼運動に深く傾倒。1930年には中国共産党に入党し、たびたび検挙されるという経験もしています。こうした左翼活動の中で、女流作家の謝氷瑩と知り合い、彼女から名前の一字である「瑩」（光沢のある石を意味する）をもらい、これが芸名「王瑩」の誕生に繋がりました。

その後、復旦大学文学科に進学した王瑩は、1932年頃から本格的に女優としての活動を広げます。舞台「圧迫」「少奶奶的扇子（若奥様の扇子）」などに出演する傍ら、映画「女性的吶喊（女の喚声）」「鉄板紅涙録」「同讐（共に憎む）」でも主演を務め、スターダムを駆け上がりました。1934年には演劇を通じた日華親善活動の一環として日本へ渡航し、東京大学で学びますが、親善の目的を達成できず失意のうちに翌年帰国しています。

歌手としての才能と江青との因縁

女優として最盛期を迎えていた1930年代、王瑩は歌手としても活動しており、「自由神」の主題歌をはじめ、「扮禾歌」「車水歌」「本事高」など、少なくとも4曲が現在も残されています。

そして、この時期に後に彼女の運命を決定づける人物、藍蘋、すなわち後の江青との出会いがありました。1935年、王瑩が映画「自由神」に主演する頃、藍蘋は舞台「娜拉（人形の家）」で端役としてデビューしたばかりでしたが、両者は次第に共演する機会が増え、激しいライバル関係が生まれていきます。

特に決定的な対立となったのは、1936年の舞台「賽金花」の主役選考を巡る騒動です。かねてから王瑩に強い敵意を抱いていた藍蘋に対し、子役時代からの長い芸歴と実績を持つ王瑩は一歩も譲りませんでした。事態を収拾するため、原作者は二人のダブルキャストを提案しますが、これに対し、金山や王瑩は所属劇団から脱退し、新たに「40年代劇社」を結成して独自に「賽金花」の上演に踏み切ります。この公演は中国各地で大きな成功を収め、3万人を超える観客を動員しました。一方、王瑩らが抜けた劇団は藍蘋を主役に据え「大雷雨」を対抗上演しますが、評判は芳しくなく、スキャンダルも続出。藍蘋は所属会社を解雇され、第二次上海事変を機に延安へと向かいます。この「賽金花」をめぐる騒動は、皮肉にも藍蘋が毛沢東と出会い結婚するきっかけとなった一方で、王瑩にとっては文化大革命で迫害される理由の一つとなったのです。

戦時下の活動と新たな愛

「賽金花」で共演した金山とは後に同棲関係となりましたが、二人の間には性格の不一致が目立つようになります。日中戦争が始まると、王瑩は上海救国演劇団の副団長として、民衆の士気を高めるため「盧溝橋」「放下你的鞭子（あなたは鞭をおろせ）」「台児荘之戦」といった作品を中国各地で巡回上演しました。

私生活では、1937年に革命作家・工作員であった謝和庚と知り合い、深い関係となりました。当時、二人とも既婚でしたが、それぞれの夫婦関係は冷え切っており、実質的には将来の結婚を視野に入れた関係へと発展していきました。

アメリカでの活動と帰国

1942年、王瑩は謝和庚と共にアメリカへ留学します。現地ではノーベル文学賞作家パール・バックとの親交を深め、1943年にはホワイトハウスで「放下你的鞭子」を上演するという栄誉に恵まれました。当時のアメリカ合衆国ファーストレディ、エレノア・ルーズベルトとのツーショット写真も現存しています。第二次世界大戦の終結をアメリカで迎え、さらに東南アジアまで活動範囲を広げた後、1955年に中華人民共和国へ帰国しました。

帰国後は北京映画製作所で脚本を執筆する傍ら、「両種美国人（2種類のアメリカ人）」や自身の自伝「宝姑（宝おばちゃん）」といった著述活動も行いました。この時期には、かつての共演者であり複雑な関係であった金山との合作映画「台児荘之戦」も発表されています。

文化大革命による悲劇

1967年、文化大革命が本格化すると、王瑩は江青によって夫の謝和庚と共に反乱分子とされ、投獄、過酷な迫害を受けました。この迫害は、江青が過去に「賽金花」の主役を巡る一件で王瑩に敗れた恨みが背景にあるとも言われます。江青が主導した「四人組」によって、王瑩は存在を抹消され、「30年代の退廃スター」「アメリカのスパイ」といった根拠のない罪を着せられました。晩年は胃病や麻痺に苦しみ、言葉を話すこともままならず、1974年3月3日、獄中で非業の死を遂げました。死亡時の記録には、わずかに「囚人番号6742番」と記されているのみだったと言われています。

死後の名誉回復

江青ら「四人組」が逮捕された後、夫の謝和庚や関係者によって王瑩の名誉回復に向けた運動が本格的に進められ、1979年7月6日にその名誉が回復されました。伝記「潔白的明星——王瑩（清廉潔白なスター・王瑩）」も刊行され、その功績が再評価されます。1980年代には、1940年代に書かれた彼女の遺稿が英語・中国語で書籍として公刊されました。2005年に夫の謝和庚が死去した後、翌年には子孫たちの手によって夫と共に新たな墓に改葬され、その傍らには王瑩が穏やかに座る姿の石膏像が建立されています。

王瑩の生涯は、才能溢れる芸術家が、政治的な対立や時代の波に翻弄され、悲劇的な結末を迎えたことを物語っています。その死後、正当な評価を得られたことは、せめてもの救いと言えるでしょう。

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