王粛

王粛：曹魏中興と司馬氏の隆盛を繋いだ政治家

王粛（おうしゅく、195年～256年）は、中国三国時代の魏に仕えた政治家であり、その生涯は魏の盛衰と司馬氏の台頭という激動の時代を象徴するものです。字は子雍、山東省臨沂市郯城県出身。父は名高い王朗です。王粛は優れた政治家として知られ、数々の重要な局面でその手腕を発揮しました。

王粛の若き日は、荊州で宋忠に師事し、揚雄の『太玄経』を深く研究したことで知られています。その後、魏の朝廷に仕え、散騎侍郎、散騎常侍などの要職を歴任。その卓越した知略と政治感覚は早くから周囲の注目を集めました。

230年、曹真による蜀征伐（子午の役）の際、王粛は道の険しさや補給の困難さを指摘し、撤兵を強く進言しました。この進言は、当時の政治状況を的確に捉えたものであり、王粛の洞察力の高さを示しています。また、彼は古代儀礼の復活や官職整理などを提言し、政治改革にも積極的に取り組んでいました。

山陽公（後漢の献帝）の諡号をめぐる議論では、王粛は独自の解釈に基づいて諡号を提案しましたが、曹叡（明帝）の意向と合致せず、彼の提案は採用されませんでした。このエピソードは、王粛の強い信念と、皇帝権力との微妙な力関係を示唆しています。

曹叡の治世下、宮殿造営の費用増大による民衆の疲弊を憂慮した王粛は、政治の引き締めと経費削減を上奏しました。彼は前漢と後漢の事例を挙げた曹叡の問いに的確に答え、帝王学にも通じた人物であったことがわかります。

曹爽が政権を掌握し、何晏らが台頭した時期、王粛は彼らの専横を強く批判し、蒋済や桓範らにその不満を訴えました。このことが曹爽の怒りを買い、王粛は一時失脚を経験します。しかし、その優れた能力は認められ、光禄勲などの要職に復帰しました。

司馬師の時代には、武器庫に魚が現れたという出来事について、吉兆とする周囲の意見とは異なり、凶兆と判断しました。その予言どおり、東関での敗戦という事態が発生します。王粛の政治的洞察力は、単なる知識にとどまらず、未来を予測する能力にまで及んでいたことが窺えます。

毌丘倹・文欽の乱の際には、司馬師に反乱鎮圧策を献策。関羽の敗退を例に挙げ、反乱軍の家族を確保することで、反乱軍の士気を低下させ自壊に導くという巧妙な戦略を提案しました。この戦略は見事に成功し、王粛の知略は、再び朝廷にその威を示しました。

王粛は中領軍に昇進し、領邑も増加。晩年は、曹芳の廃位と曹髦の擁立という大きな変革期にあって、重要な役割を担いました。白気（彗星かオーロラ）の出現を巡る司馬師との問答では、東南での動乱発生を予見しつつも、徳による民心の安定化を強調しました。この言葉は、王粛の政治哲学を端的に示しています。

256年、王粛は死去。衛将軍を追贈され、景侯と諡されました。彼の死後、子息の王惲、そして孫にあたる王恂が後を継ぎ、王家は魏から晋へと続く王朝交代の激動期においてもその地位を保ちました。

王粛は礼制論争においても重要な役割を果たしました。鄭玄の説に反論し、独自の解釈を提示したことで知られています。特に『孔子家語』への注釈は、彼の学問的貢献を示すものです。ただし、この『孔子家語』は王粛の偽作、または改竄されたものとも言われています。この論争の背景には、曹魏政権の正統性と司馬氏の簒奪の正当化という政治的な思惑が潜んでいる可能性も指摘されています。

王粛の生涯は、政治家としての卓越した能力、鋭い洞察力、そして時代の変遷への対応を見事に示したものです。彼の思想や政治姿勢は、三国志研究において重要な考察材料であり、後世への影響も計り知れません。魏の滅亡後も、彼の礼制に関する見解は、議論の的となり続け、現代においても再評価が進められています。

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