生犬穴

生犬穴（おいぬあな）：山犬伝説が息づく神秘の鍾乳洞

群馬県多野郡上野村に位置する生犬穴は、不二洞と並び称される県内屈指の鍾乳洞です。1929年に地元の青年たちによって発見されて以来、その神秘的な景観は多くの人々を魅了してきました。この鍾乳洞は、多野・秩父地方を代表する存在として、国の天然記念物にも指定されています。

山犬伝説と名前の由来

生犬穴の名前は、この地で古くから語り継がれる山犬（ヤマイヌ）伝説に由来します。鍾乳洞が発見される以前から、この穴は山犬の住処とされており、地元の人々は繁殖期になると山犬が家畜を襲うことから、赤飯や餅を供えて無事を祈る風習がありました。この「お炊きあげ」と呼ばれる儀式は、山犬に対する畏敬の念と、この穴が「お犬様」として信仰されるようになった背景を示しています。発見時には、伝説を裏付けるかのように、オオカミなどの獣骨が多数見つかっています。

洞窟の構造と名称

生犬穴は、秩父古生層中の石灰岩層が地下水によって浸食されて形成された鍾乳洞です。西向きに開いた入口から入ると、急な傾斜を経て、地底に向かって四層からなる竪穴が広がっています。奥行きは300メートルから450メートルに及び、奥では二股に分かれています。洞内は6つのエリアに区分けされ、それぞれに日本神話や伝説にちなんだ名前が付けられています。入口から順に、「高天原」「生犬の場」「常世の国」「天の安河原」と続き、その先は「珊瑚洞」「根の国」へと分かれています。

発見の経緯

1929年8月2日、当時17歳前後の地元の青年4人が、コウモリを探して山に入った際に、水滴の落ちる音を聞いたことが発見のきっかけとなりました。彼らは、この音を不二洞のような洞穴の存在を予感させるものと考え、生犬穴へと向かいました。当初は小動物が出入りできる程度の小さな穴でしたが、木の葉や土を掻き出すことで人が入れるほどの穴となり、その先に広がる大きな洞窟を発見しました。彼らは、枯れ竹を松明代わりに、背負子の縄をロープ代わりにするという簡素な装備で洞窟を探索し、現在の「高天原」付近まで確認しました。
翌日、彼らの話を聞きつけた村人約50人が集まり、改めて洞内を探索した結果、現在知られているような生犬穴の全容が明らかになりました。

発見時と現在の状況

発見当時の生犬穴は、無数の石筍や石柱が立ち並び、神秘的な景観を呈していました。水成岩が露出する場所や、少量の水が流れる場所もあり、学術的価値も高いと評価されていました。1938年には、国の天然記念物に指定されています。

また、伝説を裏付けるように、入口から約15メートルの地点で多数のオオカミの獣骨が発見されました。中には、鍾乳石が付着した状態で見つかった骨もあり、この穴が少なくとも数千年以上にわたってオオカミに利用されてきたことを示しています。発見された獣骨は車一台分にも及ぶ量であったとされ、中には群馬県内で初めて発見されたヒグマの骨も含まれていました。

しかし、その後の入洞者による鍾乳石や獣骨の持ち去り、照明の煤による汚染などにより、発見時の美観は大きく損なわれてしまいました。また、絶滅したニホンオオカミの貴重な研究資料となったかもしれない獣骨も、そのほとんど全てが散逸してしまっています。

現在、生犬穴は上野村が土地所有者から借り受ける形で、地元の村民とともに保護・管理を行っています。洞内保護のため、入口は施錠されており、自由に内部を拝観することはできません。

所在地とアクセス

所在地: 群馬県多野郡上野村大字乙父字中越沢1908番地

アクセス: JR高崎線新町駅から日本中央バス奥多野線に乗車し、小春バス停で下車。そこから徒歩約50分です。

生犬穴は、自然の造形美と歴史的な背景が融合した貴重な場所です。その保護と保全のため、一般公開はされていませんが、その存在は今もなお、多くの人々の興味と関心を惹きつけています。

もう一度検索