盛田牧場

盛田牧場（もりたぼくじょう）は、かつて青森県上北郡七戸町膝森に存在した、日本の近代馬産を代表する生産牧場です。その活動は1800年代後半に始まり、2006年に幕を閉じました。特に競走馬の分野で数々の功績を残し、青森県におけるサラブレッド生産の中心地として広く知られました。

創業時期については諸説あり、江戸時代末期の慶応3年（1867年）説や、明治時代中期の1884年、あるいは1887年とする見解があります。創業者の盛田喜平治（十代）は、南部地方で有数の大地主であり、酒造や呉服を本業とする商家でした。牧場が開かれた膝森地区は、もともと官有地でしたが、1871年に払い下げを受け、開墾が進められた土地です。当初は果樹栽培や養蚕などが試みられていました。

馬産事業は1884年、十代喜平治が厩舎を建設し、アメリカからアングロアラブ（あるいはサラブレッド）の牝馬を導入したことから始まります。しかし、当初の牧場は直接生産を行うというよりも、周辺の馬を飼育する小作農家への馬の貸付拠点という性格が強かったとされます。本格的に競走馬生産に着手したのは1907年からで、開始当初は繁殖牝馬3頭、採飼料地を含めてもわずか6町歩という小規模なものでした。当時の日本は、1906年に政府が軍馬改良を目指して馬政局を設置し、馬匹生産が奨励されていた時期にあたります。古くから南部駒の産地として知られた南部地方でも、馬産への関心が高まっていました。1912年には、十代喜平治の弟である盛田徳太郎らが中心となり、青森県立種馬育成所を七戸に誘致するなど、地域全体の馬産振興にも貢献しました。

しかし、明治末期から大正初期にかけての民営牧場は、一般的に経営が苦しく、盛田牧場も例外ではなかったようです。多くは小作料や山林からの収入で運営費を補填していました。この状況が改善に向かうのは、大正中期から昭和初期にかけて、競走用サラブレッドの需要が増大してからのことです。1930年代後半には、牧場で育成される馬のほとんどがサラブレッド競走馬となり、1935年には生産馬ミスアキラが帝室御賞典（現在の天皇賞）に優勝。さらに、競馬倶楽部が統合され日本競馬会が発足した後の1938年にもハセパークが同レースを制し、いずれも青森県産馬として歴史に名を刻みました。

1945年8月の太平洋戦争終結後、軍馬や農耕馬の需要が激減すると、七戸町では馬産から牛、豚、鶏などの生産への転換が進められました。盛田牧場でも、転業を視野に入れ100頭規模の豚舎が建設されるなど、大きな岐路に立たされます。さらに、連合国軍最高司令部による農地改革の影響も受け、牧場は存続の危機に瀕しました。この状況に対し、近隣の浜中牧場主・浜中幾治郎や、天間林村の諏訪牧場を差配していた須藤重エ門らが、調教師の藤本冨良を訪ね、「盛田牧場が失われれば、青森県のサラブレッド生産は壊滅する」と窮状を訴えました。藤本は青森県庁に働きかけ、牧場の一部（約20町歩）を小作に開放すること、そして名目上は牛の牧場とすることなどを条件に、牧場の存続に道筋をつけました。戦後、場主を引き継ぐ盛田寛二が大学を卒業するまで、藤本の指揮のもと、藤本厩舎から預かった4〜5頭の繁殖牝馬で細々と運営が続けられました。

戦後の盛田牧場は、フリッパンシーやイサベリーンといった優れた繁殖牝馬の導入によって、日本の競馬史に燦然と輝く名馬たちを輩出しました。1949年には、小岩井農場から導入した繁殖牝馬フリッパンシーの仔であるトサミドリが皐月賞と菊花賞のクラシック二冠を達成。トサミドリは後にJRA顕彰馬に選ばれ、種牡馬としても多くの活躍馬を送り出しました。1957年には、繁殖牝馬イサベリーンから生まれたヒカルメイジが東京優駿（日本ダービー）を制覇（藤本冨良厩舎）。さらに1959年には、その弟で父がトサミドリのコマツヒカリも日本ダービーに優勝し、史上2組目となる兄弟によるダービー制覇を成し遂げました。母イサベリーン自身も34歳を超える長寿を記録し、その功績を讃えられて牧場内に祀られました。この他にも、ヒカルメイジ産駒のグレートヨルカが1963年の菊花賞、アサホコが1965年の天皇賞（春）を制するなど、八大競走（当時）の優勝馬が続々と誕生し、この時期は盛田牧場のみならず、青森県全体の馬産が黄金時代を迎えていました。

しかし、昭和40年代以降、青森県馬産は全体的に低迷し始め、競走馬生産の中心地は北海道へと移っていきました。盛田牧場も生産・育成両面での改善を試みましたが、時代の流れには抗えず、2006年に生産された馬が最後の世代となりました。同年、牧場の施設は畜産業者の金子ファームへ譲渡され、約1世紀に及ぶ競走馬生産の歴史に幕を下ろしました。

閉場後、旧盛岡藩領の建築様式の特徴を示す「曲屋」を含む牧場施設の一部が良好な状態で保存され、修築を経て観光用に一般公開されています。「盛田牧場一号厩舎（南部曲屋育成厩舎）」をはじめとする旧牧場内の8件の建物が、国の登録有形文化財に登録されており、往時の繁栄とその歴史的価値を今に伝えています。盛田牧場は、その優れた生産実績と、地域の馬産文化に深く根差した歴史を持つ、日本の競馬史において重要な足跡を残した存在です。

主な八大競走優勝生産馬

ハセパーク（1938年帝室御賞典・春）
トサミドリ（1949年皐月賞、菊花賞など）
ヒカルメイジ（1957年東京優駿など）
コマツヒカリ（1959年東京優駿など）
グレートヨルカ（1963年菊花賞など）
アサホコ（1965年天皇賞・春など）

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