矢崎博信

矢崎博信：日本のシュルレアリスムを彩った夭折の画家

矢崎博信（1914年-1944年）は、長野県茅野市で生まれた洋画家です。生糸業を営む裕福な家庭に生まれましたが、幼少期に家業は倒産。父は郷土史研究家として知られていました。

芸術への道

小学校時代、下宿していた担任教師の影響で絵画に興味を持つようになった矢崎は、その後、長野県諏訪中学校（現・長野県諏訪清陵高等学校）へ進学。洋画家である高橋貞一郎に師事し、洋画の基礎を学びます。中学校時代には郷土絵画展覧会で銅賞を受賞するなど、早くから才能を発揮しました。

1933年、矢崎は上京し、帝国美術学校（現・武蔵野美術大学）西洋画科に入学します。同校には、金原省吾、名取堯、清水多嘉示、高畠達四郎など著名な画家が講師として在籍しており、矢崎は彼らから多大な影響を受けました。帝国美術学校は、創立者である北一輝の影響もあり、自由な気風が特徴でした。在学中は白雲美術試作展覧会などにも出品し、精力的に創作活動を行っています。

シュルレアリスムとの出会い

1935年、同盟休校事件をきっかけに、帝国美術学校から多摩帝国美術学校（現・多摩美術大学）が分離独立します。この年、矢崎は小山田二郎、有海千尋らと共に前衛美術グループ「L'anima（アニマ）」を結成。アニマとは「生命」を意味し、フランス文学者小松清の提唱した「行動主義」思想に影響を受けています。

アニマは、現実と超現実の融合を目指した作品を制作しました。矢崎は「報告絵画」という独自の表現方法を模索し、「ある場所を訪れ、そこで起きたことを絵画で伝える」という試みをしています。これは、現実のルポルタージュとシュルレアリスム的要素を融合させたものでした。

その後、矢崎は四宮潤一、瀧口修造らとアヴァン・ガルド芸術家クラブにも参加し、シュルレアリスムの理論を深く探求していきます。1936年には、浅原清隆、庄司正と共に映画研究会「T映」を結成するなど、多様な活動に携わっていました。同年、井上愛也、今井康雄らと前衛美術グループ「動向」を結成し、精力的に作品を発表しました。

1938年には、独立美術協会展に「高原の幻影」が入選。帝国美術学校を卒業後、映画会社の就職試験に失敗した矢崎は郷里に戻り、岡谷町立尋常高等小学校の代用教員となります。しかし、日中戦争の勃発により、その活動は中断を余儀なくされます。

戦争と夭逝

1939年から1944年にかけて、矢崎は3度も臨時召集を受け、満州、そして太平洋戦線へと出征します。1944年2月、輸送艦が魚雷攻撃を受け、トラック島付近で戦死。わずか29歳でした。

矢崎は、日本のシュルレアリスムを代表する画家の一人として、その才能が開花する前に散ってしまいました。彼の作品は、現在も各地の美術館に所蔵され、その独特な世界観は多くの人の心を捉え続けています。彼の死後も、彼の作品は数々の展覧会で紹介され、日本のシュルレアリスムの歴史において重要な位置を占めています。

主な展覧会

1960年：超現実絵画の展開展（東京国立近代美術館）
1966年：近代日本洋画の150年展（神奈川県立近代美術館）、諏訪の美術の先駆者たち展（諏訪市美術館）
1972年：郷土の三夭折作家展（諏訪市美術館）
1975年：シュルレアリスム展（東京国立近代美術館）
1981年：矢崎博信遺作展
2000年：戦没者回顧矢崎博信展（諏訪市美術館）
2014年：生誕100年 矢崎博信展 幻想の彼方へ（茅野市美術館）
2021年：ショック・オブ・ダリ ― サルバドール・ダリと日本の前衛（三重県立美術館、諸橋近代美術館）
2023年：企画展『シュルレアリスム宣言』100年 シュルレアリスムと日本（京都文化博物館、板橋区立美術館、三重県立美術館）
2024年：生誕110年 矢﨑博信 シュルレアリスムがみせる夢（茅野市美術館）

パブリックコレクション

諏訪市美術館、茅野市美術館、長野県諏訪清陵高等学校、戦没画学生慰霊美術館無言館、東京国立近代美術館、宮城県美術館などに作品が収蔵されています。

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