石射猪太郎

石射猪太郎（いしい いたろう）

石射猪太郎は、1887年（明治20年）2月6日に福島県で生まれ、1954年（昭和29年）2月8日に没した日本の外交官です。日中戦争初期には外務省東亜局長として、戦争拡大に抵抗し和平を試みたことで知られています。彼は外務省で重要な役職を歴任し、駐タイ、駐ブラジル、駐ビルマの特命全権大使も務めました。

外務省入省まで

福島県で生まれた石射は、福島中学校を経て東亜同文書院を卒業後、満鉄に入社しました。しかし、父親の事業失敗により失業。その後、岳父の援助を受けながら外交官試験に合格し、1915年に外務省に入省しました。同期には、沢田廉三や二見甚郷らがいます。

初めての中国勤務

1916年、広東に領事官補として赴任しますが、原因不明の高熱で帰国。静養中に、後に陸軍内の不拡大派として知られる柴山兼四郎と出会います。病気回復後、天津に赴任し、総領事代理として領事裁判を担当。しかし、天津での生活は物価高騰や家族の病気で困窮し、借金を抱えることになりました。同文書院の先輩の支援で借金は解決しました。

米英等での勤務

1918年にはサンフランシスコ、1920年にはワシントンの駐米大使館に勤務。当時の駐米大使は幣原喜重郎であり、館員には佐分利貞男、広田弘毅、山本五十六などがいました。その後、メキシコ公使館を経て、1924年には本省勤務となり、移民業務を担当。アメリカの排日移民法に対しては、政府が移民を積極的に送る意思はなかったと回想しています。1925年には通商局第三課長として、中南米諸国への移民業務や旅券発給業務を担当しました。1927年からはロンドンで勤務し、その時期には「将棋とゴルフ」を趣味としていたとされています。

再び中国へ

1929年には上海総領事に任命され、その後吉林総領事となります。満洲事変では、吉林省政府と日本軍の仲介役を務めました。満洲国建国には批判的でしたが、リットン調査団に対しては立場上、真実の一部を伝えるにとどめました。1932年には上海総領事に再任。「上海だけは無風状態に保つ」ことを使命としていました。

東亜局長時代

1936年の駐タイ大使を経て、1937年3月には外務省東亜局長に抜擢されます。盧溝橋事件発生時には不拡大方針を主張し、軍部の動きに抵抗しました。しかし、三個師団動員案が閣議決定され、石射は辞表を提出しようとしましたが慰留されました。その後も和平を模索しますが、郎坊事件や広安門事件の発生により、日中は全面衝突に突入しました。天皇からの和平への意向を受け、船津辰一郎を上海に派遣しましたが、第二次上海事変により工作は頓挫しました。

ドイツによる和平斡旋（トラウトマン工作）では、日本側の条件が厳しすぎるとして、石射は和平が不可能になるだろうと懸念しましたが、受け入れられませんでした。絶望した石射は、日記に「日本は行くところまで行かなければならない」と記しています。1938年5月、宇垣一成が外相に就任すると、石射は和平への協力を要請。宇垣は蔣介石政権との和平交渉を試みましたが、陸軍の反対で頓挫し、宇垣も辞任。石射もその責任を取り、東亜局長を辞任しました。

大戦終戦まで

1938年11月には駐オランダ公使、1940年10月には駐ブラジル大使に転任しました。日米開戦はブラジルで迎えました。ブラジルが当初中立を保ったため、石射はドイツ、イタリア大使と協力してブラジルの参戦を阻止しようとしましたが、ブラジルは連合国側の圧力を受け、日本と国交を断絶。石射は帰国までの間、在ブラジル日本人の保護に尽力しました。帰国後、外務省に設置された戦時調査室の主宰を引き受けます。

1944年8月には駐ビルマ大使に任命され、日本が劣勢の中、ビルマへ赴任。終戦はビルマで迎え、その後タイへ脱出。イギリス軍に拘留された後、1946年7月に帰国。外務省に辞表を提出し、外交官生活を終えました。その後、公職追放を受けましたが、回想録『外交官の一生』を執筆しました。東京裁判には弁護側証人として出廷しています。

その他

石射は勲二等を受章しましたが、軍人優遇の叙勲制度には批判的でした。昭和天皇については「平和主義者であった」と高く評価しています。

刊行著作

『外交官の一生』読売新聞社、1950年
『外交官の一生 対中国外交の回想』太平出版社、1972年
『外交官の一生』中公文庫、1986年、改版2007年、新版2015年
『石射猪太郎日記』 伊藤隆、劉傑編、中央公論社、1993年

石射猪太郎の生涯は、激動の時代における外交官の苦悩と信念を今に伝えています。

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