石弘

石弘（せき こう）：後趙の悲劇の皇帝

石弘（せき こう、313年 - 334年）は、五胡十六国時代の後趙の第2代皇帝。初代皇帝である石勒（せき ろく）の次男として生まれました。字（あざな）は大雅（たいが）。

生涯

父の時代

幼い頃から孝行心に篤く、謙虚さを重んじて育った石弘は、早くから学問にも励み、杜嘏（と か）から経書、続咸（ぞく かん）から法律を学びました。父である石勒は、乱世においては武芸も必要であると考え、劉徴（りゅう ちょう）と任播（じん ぱ）には兵法を、王陽（おう よう）には剣術を学ばせました。

当初、石勒の世子（後継者）は長男の石興（せき こう）でしたが、322年に早世したため、石弘が世子に立てられ、中領軍（ちゅうりょうぐん）を統率するよう命じられました。その後、衛将軍（えいしょうぐん）に任じられ、自らの幕府を開き人材を登用する権限を与えられました。

326年、石勒は鄴（ぎょう）に宮殿を建設すると、石弘に鄴の統治を任せようとしました。しかし、当時鄴を守っていたのは、石勒の従子である石虎（せき こ）。彼は自身の功績を笠に着て、鄴を譲ることを拒みました。そのため、石勒は程遐（てい か、石弘の母の兄）と密かに相談し、宮殿の完成と同時に、石虎一家を鄴から強制的に移住させました。石弘は鄴の鎮守を命じられ、禁兵1万人と、車騎将軍が統括していた54の陣営を任されました。また、驍騎将軍（ぎょうきしょうぐん）・領門臣祭酒（りょうもんしんさいしゅ）の王陽が、非漢民族を率いて石弘を補佐しました。

330年、石勒が趙天王（ちょうてんのう）を称すると、石弘は天王太子に立てられました。同年、石勒が皇帝に即位すると、石弘は皇太子となりました。石弘は謙虚で人々を愛し、詩文を好む文学的な才能にも恵まれていました。彼の周囲には、常に儒教に通じた人物が集まっていたと言われています。

石勒は側近の徐光（じょ こう）に「大雅（石弘の字）は穏やかな性格で、武人の子には見えない」と漏らしたことがあります。徐光は「漢の高祖（劉邦）は馬上にて天下を奪いましたが、孝文帝（劉恒）は静かに天下を守りました。聖人の後には、必ずしも粗暴な者は必要ありません。これこそ天の道です」と答え、石勒は喜びました。しかし、徐光は続けて「皇太子は仁孝温厚ですが、中山王（石虎）は剛勇で策略家です。もし陛下に万一のことがあれば、国家の危機を招きかねません。中山王の権力を少しずつ奪い、皇太子を早くから政治に参加させるべきです」と進言しましたが、石勒は同意しませんでした。

その後も、徐光や程遐は石勒に対し、強大な権力を持つ石虎を排除し、石弘の地位を安定させるよう繰り返し進言しましたが、石勒は聞き入れませんでした。

332年、石勒は石弘に尚書省（しょうしょしょう）の奏文の決裁を命じ、中常侍（ちゅうじょうじ）の厳震（げん しん）にその可否を監督させました。これにより、厳震は実質的に政治・軍事の重要事項を預かるようになり、その権勢は宰相をも凌ぐほどになりました。一方、石虎は一時的に権力を失い、不満を募らせました。この措置は、石弘の権威を高め、後継者としての立場を強化するためのものでしたが、実際には補佐役であるはずの厳震が権力を握ってしまったため、石弘のためにはなりませんでした。

333年、石勒が病に倒れると、石虎、石弘、厳震を禁中に呼び寄せました。しかし、石虎は石勒の命令を偽って石弘や厳震をはじめとする群臣や親族を退け、石勒の病状を誰も把握できなくしました。石勒の病状が悪化すると、「大雅（石弘の字）はまだ幼く、朕の志を継ぐには早いだろう。中山王（石虎）以下の群臣は、朕の命に背くことのないように。大雅は斌（ひん、石斌）と協力し、司馬氏の内紛を教訓として、穏やかに慎み深く振る舞うのだ。中山王は周公旦（しゅうこうたん）や霍光（かく こう）を深く考えるように。決して私欲のために行動してはならない」と遺言しました。

皇太子である石弘を排除し、石虎を擁立しようとする動きは以前からありましたが、石勒が重体になると、対立が一気に表面化しました。石弘を支持する勢力は、石勒の実子や養子（石虎の実子である石斌を除く）、官僚の徐光や外戚の程遐などでした。一方、石虎を支持する勢力は、石斌をはじめとする自分の子供たち、石勒十八騎の夔安（き あん）や郭敖（かく ごう）、官僚の郭殷（かく いん）などがいました。

石虎の傀儡

333年7月、石勒が崩御すると、石虎は直ちに石弘の身柄を拘束し、朝廷を掌握しました。程遐と徐光を逮捕させ、廷尉（ていい）に引き渡しました。さらに、子の石邃（せき すい）に兵を与え、宿衛（しゅくえい）に侵入させると、文武百官は皆これに従いました。石弘は大いに恐れ、石虎に帝位を譲ろうとしましたが、石虎は「君主が亡くなったならば、世子が立つのが道理です。臣下として、どうしてそれを乱すことができましょうか！」と拒否しました。しかし、石弘は涙を流して譲位を懇願したため、石虎は怒って「もしその任に堪えられないのであれば、天下が自ずと議論を始めるでしょう。どうして今そのようなことを言うのですか！」と言い放ち、石弘を強制的に皇帝に即位させました。石弘は延熙（えんき）と改元し、嫡母の劉皇后（りゅうこうごう）を皇太后に立て、文武百官の位を一つ上げ、程遐と徐光を処刑しました。石勒の遺体は密かに山中に埋葬され、その場所を知る者はいませんでした。後日、改めて高平陵（こうへいりょう）において葬儀を行い、明帝（めいてい）と諡（おくりな）し、廟号（びょうごう）を高祖（こうそ）としました。

333年8月、石弘は石虎からの圧力に屈し、石虎を丞相（じょうしょう）・大単于（だいえんう）に任じ、九錫（きゅうせき）を下賜し、魏郡（ぎぐん）をはじめとする13郡を封国として魏王（ぎおう）に封じ、石虎の子たちにもそれぞれ王号を与えました。石虎は形式的にこれを固辞しましたが、最終的には受け入れました。石勒の時代からの文武の旧臣は、左右丞相府（さゆうじょうしょうふ）の閑職に追いやられ、代わりに石虎の側近が朝廷の要職を独占しました。これに対し、皇太后の劉氏は石虎の専横に怒り、石勒の養子であった彭城王（ほうじょうおう）石堪（せき かん）と共に石虎の討伐を計画しましたが、失敗に終わり、劉皇太后は石堪と共に処刑されました。10月には、関中（かんちゅう）を統治する石生（せき せい）、洛陽（らくよう）を統治する石朗（せき ろう）らが石虎討伐の兵を挙げましたが、いずれも石虎の兵力によって鎮圧されました。また、石弘の弟であった秦王（しんおう）石宏（せき こう）も、石虎への中傷を口にしたとして幽閉されました。

最期

334年10月、石弘は自ら璽綬（じじゅ、天子の印と組紐）を携えて魏宮（ぎきゅう）を訪れ、石虎に禅譲する意思を伝えました。しかし、石虎は「帝王の大業は、天下が自ずと議論するものです。どうして自ら論じる必要がありましょうか」と拒絶しました。そのため、石弘は涙を流して宮殿に戻り、母の程皇太后に対し「先帝（石勒）の後裔（こうえい）は真に滅びるでしょう！」と語りました。

その後、尚書（しょうしょ）は「魏王（石虎）が唐・虞（とう・ぐ、堯（ぎょう）と舜（しゅん））の禅譲の故事に倣うことを求めています」と奏上しましたが、石虎は「石弘は暗愚である。喪中であるにもかかわらず、礼儀を欠いた振る舞いをするような者は、万国の君主となるべきではない。廃位させるべきであり、禅譲など受け入れる必要はない！」と拒絶しました。

334年11月、石虎は丞相の郭殷（かく いん）に節（せつ）を持たせて入宮させ、石弘を廃位して海陽王（かいようおう）に封じました。石弘はゆっくりと歩きながら車に乗り込み、顔つきは落ち着いていたと言われています。そして群臣に向けて「私は愚鈍であったため、大業を継承することができなかった。群臣の皆様に申し訳なく思うばかりである。これもまた天命が尽きたということだろう。これ以上何を言おうか」と言い残しました。群臣は皆涙を堪えきれず、宮人（きゅうじん）は慟哭（どうこく）しました。石弘は母の程皇太后、弟の秦王石宏、南陽王（なんようおう）石恢（せき かい）と共に幽閉され、やがて殺害されました。

宗室

父: 石勒
母: 程氏
兄: 石興（最初の世子、早世）
弟:
石宏（秦王）
石恢（南陽王）
石斌（石虎の子、石勒の養子となる、太原王）
石堪（旧姓は田、石勒の養子となる、彭城王）
* 石生（石勒の養子となる、河東王）

もう一度検索