石見神楽

石見神楽（いわみかぐら）

石見神楽は、島根県西部（石見地方）と広島県北西部（安芸地方北部）に伝わる伝統芸能であり、そのルーツは室町時代後期にまで遡ると言われています。田楽系の神楽である大元神楽を基盤とし、出雲流神楽や能、狂言、歌舞伎などの影響を受けながら、演劇的な要素を強めて発展してきました。現在では、地域ごとに独自の進化を遂げ、広島県北西部の神楽は「芸北神楽」や「ひろしま安芸高田神楽」と区別されることもあります。また、戦後に北九州へ伝わった石見神楽は、その土地の気質に合わせて「折尾神楽」として定着しています。

1979年には大元神楽が国の重要無形民俗文化財に指定されたほか、多くの神楽が県や市町村の無形民俗文化財に指定されています。2017年には高円宮殿下記念地域伝統芸能大賞を受賞、2019年には石見神楽とその構成文化財が日本遺産に認定されました。さらに、石見神楽から派生した「旧舞」と「新舞」が、北広島町東部で合流し、「芸北神楽」として地域の民俗芸能となっています。

特徴

石見神楽の大きな特徴は、七座（神楽面なしで舞う清めや祓いの舞）と神能（神話劇）が明確に分かれておらず、演劇性と娯楽性を重視した大衆的な芸能として発展してきた点です。軽快かつ激しい囃子と舞いは、一般的な神楽のイメージとは一線を画し、地域住民だけでなく多くの人々を魅了しています。

本来、石見神楽は収穫期に神へ感謝を捧げる神事として、氏神社で夜通し奉納されていましたが、現在では奉納神楽だけでなく、各地での定期公演、競技会、祭り、イベントなどでも披露されています。観覧料が無料の場合も多く、年中を通して観る機会が多いのも特徴です。神社以外にも、専用の舞台を設けている施設があり、大阪にも定期公演施設がオープンしています。

近年では、国内だけでなく海外公演も行われ、石見神楽は地元の主要な観光資源としての地位を確立しています。

神楽団体

石見地方と広島県北西部には、100を超える神楽団体が存在し、それぞれが独自の特色を持っています。かつては神職や氏子が中心となっていましたが、現在では「同好会・保存会」として結成された団体や、地域外の有志による団体も増えています。子供神楽も盛んに行われており、次世代への継承にも力が入れられています。

神楽団体の活動は、奉納金、花代、寄付などを収入源としており、興行化はされていません。すべての所属者は他に仕事を持っているのが特徴です。

奏楽

石見神楽の奏楽は、大太鼓、締太鼓、手打鉦、横笛の四者で構成されます。楽譜は存在せず、大太鼓の奏者が演目をリードし、他の奏者はその流れに合わせて演奏します。時には笛奏者がリードすることもあります。奏者間には阿吽の呼吸が必要とされ、高度な技術と鍛錬が求められます。

演奏者は、演目に合わせた短歌形式の神楽歌を歌い、掛け声で雰囲気を盛り上げます。演目の序盤はゆったりとした囃子で始まり、クライマックスになるとテンポが速く激しい囃子へと変化します。

調子

石見神楽の調子とは、囃子や神楽歌を含む奏楽の旋律を総合的に示したもので、手組みやテンポの遅速によって区別されます。主に「六調子」と「八調子」に分けられます。

明治時代初期以前は、神職による緩やかな「六調子」の舞が奉納されていましたが、明治時代初期に神楽様式の改正が行われ、神職演舞禁止令などによって氏子が神能を担うようになった際に、激しく速いテンポの「八調子」を取り入れ、娯楽性を高めた神楽へと変化しました。

同じ石見神楽でも、調子、囃子、舞の型は地域や団体によって異なり、いくつかの系統に分かれています。

石西八調子（益田市周辺）
浜田八調子（浜田市以東の日本海側）
阿須那系八調子（旧羽須美村および広島県旧高田郡周辺）
矢上系六調子（旧石見町および広島県山県郡周辺）

その他にも、出雲神楽と折衷した型を持つ団体や、独自の型を持つ団体も存在し、石見神楽の中だけでも多様な音楽と舞を楽しむことができます。

演舞

舞手は、金糸銀糸を用いた絢爛な衣装と神楽面を着用し、武器、扇、幣などの採物を手に持ち、物語に応じて口上を述べながら舞います。早変わりや花火、ドライアイスなどの演出も用いられ、観客を魅了します。

神楽面は、木彫りのものもありますが、主に石州和紙の張子面が用いられます。軽量で割れにくい和紙面は、激しい舞を可能にする上で重要な役割を果たしています。ただし、衣装の重さと激しい舞いのため、面を付けての舞いは体力を消耗します。そのため、鬼や悪者を退治した後の「喜びの舞」では、面を外して舞うことが多くなっています。広島県北西部では、神が面をつけずに白塗りの化粧をして舞うことが多いのも特徴です。

主な演目

石見神楽の演目は、神話や伝説を基にしたものが多く、娯楽要素の強い華やかなものが好まれます。現在では、旧来の儀式舞は省略される傾向にあります。

以下に代表的な演目をいくつか紹介します。

塩祓：神楽殿を清め祓う儀式舞。最も基本とされ、神楽競演大会では儀式として扱われる。
大蛇：スサノオの八岐大蛇退治を題材とした、石見神楽の花形演目。数頭の大蛇とスサノオが激しく戦う。
岩戸：アマテラスの岩戸隠れを神楽化したもの。岩戸が開いた後、舞手が面を外して喜びの舞を舞う。
恵比須：えびす神が鯛を釣る様子を神楽化したもの。子供たちに特に人気がある。
鹿島：葦原中国平定を基にした神楽。神同士の格闘が特徴的。

その他にも、以下のような演目があります。

かっ鼓
切目
貴船
黒塚
五神
鍾馗
塵輪
道がえし
天神
八幡
八十神
日本武尊
頼政
神楽
真榊
帯舞
神迎
神祇太鼓
四神
四剣
天蓋
五穀種元
八衢
熊襲
武の内

主な創作演目

各神楽団体によって創作された演目も多数存在します。

特に広島県北西部では、戦後に創作・改訂された「新舞」と呼ばれる演目が人気です。

大江山
十羅
神武
弁慶
加藤清正
有明三上山
鏡山

定期公演

石見神楽は、以下の場所で定期的に公演が行われています。

温泉津温泉 龍御前神社（島根県大田市、毎週土曜夜）
大森町並み交流センター（島根県大田市、不定期土日祝日昼）
有福温泉 湯の町神楽殿（島根県江津市、毎月1-数回土曜夜）
パレットごうつ（島根県江津市、毎月第2日曜昼）
神楽の里・舞乃市（島根県江津市、毎月第1・第3日曜昼、第2・第4金曜夜）
島根県立しまね海洋館アクアス はっしー広場（島根県浜田市/江津市、日曜および連休祝日昼）
三宮神社（島根県浜田市、毎週土曜夜）
道の駅ゆうひパーク浜田（島根県浜田市、毎週第2日曜昼）
旭温泉 あさひ荘（島根県浜田市、毎週土曜夜）
益田駅前ビル EAGA（島根県益田市、毎週土曜夜）
道の駅津和野温泉なごみの里（島根県津和野町、毎月第1・第3日曜昼）
神楽門前湯治村（広島県安芸高田市、毎月金-土曜夜、日曜昼ほか）

主な神楽団体

以下は、石見神楽を継承する主な団体です。

島根県

浜田市
浜田石見神楽社中連絡協議会
三隅町石見神楽社中協議会
金城町石見神楽社中連絡協議会
旭町石見神楽社中連絡協議会
弥栄町石見神楽社中連絡協議会
杵束神楽社中
安城神楽社中
その他継承団体
益田市
江津市
松江市
石見神楽　松江真舞会
出雲市
石見神楽東神楽同好会
大田市
津和野町
吉賀町
抜月神楽団
白谷神楽社中
邑智郡
飯南町
飯南神楽団

広島県

広島市
廿日市市
安芸高田市
安芸太田町
北広島町
三次市

その他の地域

石見神楽は、上記地域以外にも、部活動やサークル活動として継承されている場合があります。

参考文献

島根県立古代出雲歴史博物館『石見神楽 - 舞を伝える舞と生きる』ハーベスト出版、2013年8月1日。
篠原實『校定石見神楽台本』（復刻版）細川神楽衣裳店、1998年4月1日（原著1954年）。
増田恵二（NPO法人広島神楽芸術研究所）『神楽活動団体調査報告書』（2006）

脚注・出典

関連項目

どんちっち
どんちっち三魚
三江線
天然コケッコー
京都祇園祭

外部リンク

『石見神楽』 - 島根県西部公式観光サイト
『石見之國伝統芸能 石見神楽』 - 島根県浜田市観光協会
『石見神楽』 - 島根県江津市
『石見神楽』 - 島根県益田市観光協会
『石見神楽』 - 津和野町観光協会
『神楽の杜』 - 特定非営利活動法人 広島神楽芸術研究所
* 中国山地の神楽　神楽にのめりこむ若者たちNHKデジタルアーカイブス

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