神の国 (アウグスティヌス)

『神の国』

『神の国』（De Civitate Dei contra Paganos）は、5世紀初頭にアウグスティヌスによって著された、全22巻からなる壮大なキリスト教神学の著作です。この著作は、世界の創造から終末に至るまでの歴史を、地上の国（Civitas Terrena）と神の国（Civitas Dei）という二つの対立する概念を通して捉え、キリスト教的視点からその意味を深く考察しています。アウグスティヌスは、410年の西ゴート族によるローマ略奪という出来事を背景に、キリスト教への批判に応える形でこの作品を書き上げました。

構成

『神の国』は、以下の二つの部に大きく分けられます。

第一部（第1巻〜第10巻）: 地上の国（ローマ）とその背後にある異教を批判的に考察します。
第二部（第11巻〜第22巻）: 神の国の起源、歴史、そして最終的な運命について論じます。

第一部

第一部では、ローマの歴史と異教の哲学に対する批判が展開されます。

第1巻〜第5巻: ローマ帝国がキリスト教を受け入れる以前に、多くの災厄に見舞われていた事実を指摘し、異教の神々がローマに道徳をもたらさなかったことを批判します。また、キリスト教徒への迫害についても考察します。
第6巻〜第10巻: 異教の神々への崇拝が現世にも来世にも無益であることを論じ、ギリシア哲学におけるプラトン神学の優れた点と限界を指摘。キリストこそが真の救済者であると主張します。

第二部

第二部では、神の国の起源と歴史、そしてその最終的な運命について論じます。

第11巻〜第14巻: 神の国と地の国の起源を、天使の堕落と人間の原罪に求め、悪の起源は意志にあるとします。神は人間の罪と救済を予見しており、地の国は自己愛から、神の国は神への愛から生まれたと説明します。
第15巻〜第18巻: カインから始まる地の国の歴史と、アブラハムの子孫に受け継がれる神の国の歴史を対比させ、預言者たちの活動とキリスト教会の誕生を叙述。地上で両国がせめぎ合う様を描きます。
第19巻〜第22巻: 永遠の生命と平和という最高の善は神の国にのみあり、地の国には永遠の刑罰が待っていると説きます。最後の審判や黙示録の解釈を通じて、神の国の永遠の祝福と、悪魔の国の終焉について詳述します。

内容の詳細

ローマへの批判（第1巻〜第5巻）

アウグスティヌスは、異教の神々がローマに道徳をもたらさなかったばかりか、淫らな祭典を要求していたと批判します。キリスト教が広まる以前のローマは、道徳的堕落と数々の災害に見舞われており、ローマの発展は真の神の意志によるものだと主張します。ローマ帝国の繁栄を神の恵みとする異教徒の主張に対して、神はむしろユダヤ人を世界に散らしたことで、虚偽の神々への崇拝を終わらせようとしていると主張します。

異教の哲学への批判（第6巻〜第10巻）

アウグスティヌスは、異教の神々への崇拝が意味を持たないことを指摘し、プラトン神学が最高善を神とする点は評価しつつも、キリストこそが真の仲介者であり、救済者であると主張します。真の礼拝はキリストを通してのみ可能であり、それ以外の犠牲は必要ないと述べます。

2つの国の起源と歴史（第11巻〜第18巻）

悪の起源を人間の意志に求め、神は人間の罪と救済をあらかじめ知っていたと説明します。カインによる弟殺しを地の国の起源とし、ノアの方舟を神の国の象徴とします。神の国はアブラハムの子孫に受け継がれ、ダビデの時代に至るまでの歴史をたどり、預言者たちの活動とキリスト教会の誕生を描きます。

待ち受ける運命（第19巻〜第22巻）

アウグスティヌスは、最高善である永遠の生命と平和は神の国にのみ訪れると説き、地の国には第二の死が待っていると述べます。最後の審判と黙示録を解説し、神の国の永遠の祝福と、悪魔の国の終焉について語ります。聖徒は天において罪を犯すことのない自由意志を与えられ、祝福された者は、自らの幸福と滅びた者たちの苦しみを同時に知ることになるでしょう。

書誌情報

『神の国』は、複数の出版社から翻訳版が出版されています。

岩波文庫版は、服部英次郎・藤本雄三訳によるもので、全5巻構成です。
教文館から刊行されている「アウグスティヌス著作集」では、赤木善光、泉治典、金子晴勇、茂泉昭男、野町啓、大島春子、岡野昌雄、松田禎二らによって翻訳されています。

参考文献

岩下壮一 『アウグスチヌス 神の国　大思想文庫6』 岩波書店、復刊1985年
中山昌樹 『聖アウグスティヌス伝及神の都』 基督教文献叢書：新生堂

関連文献

エティエンヌ・ジルソン『「神の国」論　アウグスティヌス、平和と秩序』藤本雄三訳・解説、行路社、1995年5月。
アルバン・イシドア・シュトルツ『聖アウグスティヌスの哲学』藤本雄三訳、南窓社〈キリスト教歴史双書 15〉、1995年12月。
柴田平三郎 『アウグスティヌスの政治思想　「神国論」研究序説』 未來社、1985年
矢内原忠雄 『アウグスチヌス 神の国　土曜学校講義2』 矢内原伊作・藤田若雄編、みすず書房、1971年、復刊1998年

外部リンク

The City of God Against The Pagans（英語全文）
The Latin Library - Augstine（ラテン語全文）
Augustine, City of God (introduction) James J. O'Donnell による紹介（英語）

『神の国』は、西洋思想史において非常に重要な著作であり、政治思想や哲学、神学など、様々な分野に影響を与え続けています。キリスト教的な視点から、人間の歴史や運命について深く考察する上で、欠かすことのできない古典と言えるでしょう。

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