稚内ブルース (アルバム)

1971年（昭和46年）に発表されたアルバム『稚内ブルース』は、歌手の原みつると、彼が率いるバンド「シャネル・ファイブ」にとって初めてのアルバム作品です。同年7月にリリースされて話題となったシングル曲「稚内ブルース」を冠した本作は、そのシングルに収録された2曲のほか、同時代の人気楽曲をカヴァー演奏した企画盤としての性格が強い内容となっています。

このアルバムに収められた全楽曲の編曲は、船木謙一が担当しました。本作は、当時キングレコードが積極的に手掛けていた企画アルバムの一つと位置づけられます。例えば、1972年に近田春夫を中心としたバンド「ゴジラ」が制作した洋楽カヴァー集『ROCK IMPULSE! ゴーゴー大パーティー』や、1976年に近田春夫とハルヲフォンが参加した『リメンバー・グループ・サウンズ』などが同様の企画盤として挙げられます。こうした企画の背景には、デビューしたばかりのシャネル・ファイブの演奏力や音楽スタイルを、リスナーによく知られたメロディーに乗せて披露し、その魅力を伝える狙いがあったと考えられます。

アルバムA面には、シングル曲「稚内ブルース」を作詞作曲した藤本卓也氏の初期の代表作が複数選ばれています。具体的には、1968年に矢吹健がデビューシングルとして発表した「あなたのブルース」や、1969年のヒット曲「うしろ姿」といった歌謡曲のスタンダードが含まれています。また、1965年のバーブ佐竹のヒット曲「ネオン川」のような、やや古風なメロディーラインを持つ楽曲も収録されています。さらに、シャネル・ファイブに大きな影響を与えたとされる内山田洋とクールファイブが1969年に大ヒットさせた「長崎は今日も雨だった」も選曲されており、A面全体が当時の「盛り場歌謡」と呼ばれるジャンルの楽曲で構成されている傾向が見られます。

一方、アルバムB面では、A面とは異なる多様なジャンルの楽曲が取り上げられています。例えば、1965年に公開された映画『網走番外地』（監督：石井輝男）の主題歌や、同じく1965年公開の映画『東京流れ者』（監督：鈴木清順）の主題歌である「東京流れもの」といった、作曲者不詳の俗謡や映画音楽が収録されています。「東京流れもの」は、渡哲也と竹越ひろ子がそれぞれ歌唱したバージョンで知られています。また、戦前の1936年に児玉好雄が歌い、1961年に佐川満男がカヴァーして再びヒットした「無情の夢」、そして戦後間もない1949年に三条町子が歌い、1964年に大津美子がカヴァーしてヒットした「かりそめの恋」といった、往年の楽曲も選ばれています。これらのB面の選曲からは、過去の「アナクロ調」とも評される楽曲を、シャネル・ファイブによる現代的な演奏で蘇らせようとする意図がうかがえます。

全曲の編曲を手掛けた船木謙一は、このアルバム以前にも、大津美子のシングル曲「優雅なる求愛」や、榎本美佐江が1971年に発表したシングル「浜木綿小唄」の作曲を担当するなど、当時の音楽界でアレンジャーとして活躍していました。

残念ながら、このアルバム『稚内ブルース』全体は、現在までCDとして再発売されていません。しかし、収録曲の一つである「長崎は今日も雨だった」のシャネル・ファイブによるカヴァー音源だけは、例外的にCD化が実現しています。この音源は、1989年にキングレコードからリリースされたオムニバス・アルバム『昭和のうた5 -昭和41年 - 61年-』に収録されており、この曲を通じてシャネル・ファイブの当時の演奏を聴くことが可能です。

アルバム『稚内ブルース』は、原みつるとシャネル・ファイブの活動の初期を記録した作品であると同時に、当時のレコード会社の企画戦略や、歌謡曲から俗謡まで幅広いジャンルを新人バンドの演奏でカヴァーするという、当時の音楽シーンにおけるユニークな試みを示す資料としても価値を持つと言えるでしょう。

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