笑福亭仁鶴 (3代目)

三代目 笑福亭 仁鶴

上方落語界に燦然と輝く名跡、「笑福亭仁鶴」の三代目として知られる人物が、1937年1月28日に生を受け、2021年8月17日に84歳でその生涯を終えた笑福亭仁鶴です。本名・岡本武士として大阪市生野区に生まれた彼は、落語家、テレビタレント、司会者として多方面で活躍し、特に昭和後期から平成にかけて、日本のお茶の間で絶大な人気を誇りました。

落語との出会いと芸の道

実家が鉄工所を営む家に生まれた仁鶴は、学生時代に偶然手にした初代桂春団治のSPレコードを聴いて落語の世界に魅了されます。レコードや書籍から独学で落語を習得するうち、人前で披露したいという思いが募り、素人参加型の演芸番組に頻繁に出演するようになりました。そこでの才能が認められ、プロの世界への道が開けます。当時の素人演芸仲間であった二代目桂枝雀らと「天狗連」を結成して活動した後、1962年、素人番組の審査員を務めていた六代目笑福亭松鶴に弟子入りを志願します。松鶴は彼の熱意に即座に応じ、ここに三代目仁鶴が誕生しました。師・松鶴が松竹芸能所属であったのに対し、仁鶴は入門翌年の1963年には吉本興業に所属するという、当時としては異例の道を歩むことになります。これは、吉本興業が演芸場拡張に伴い落語家層を厚くしたいという意向と、仁鶴の才能が吉本向きだと見込まれた結果でした。

ラジオ、そしてテレビでの爆発的人気

吉本での初舞台後、ラジオ大阪のサテライトスタジオからの番組出演が、その後の彼のキャリアに大きな転機をもたらします。特に1960年代後半から始まった深夜ラジオ番組『オーサカ・オールナイト 夜明けまでご一緒に!』では、既存のラジオDJ像を覆す、飾らない等身大の語り口と、はがきに本名で答えるスタイルが当時の若者たちに熱狂的に受け入れられました。ここで誕生した、はがきを読む際の決めゼリフ「どんなんかな～」は、瞬く間に流行語となり、仁鶴の人気を一気に不動のものとしました。また、ラジオ番組で演じた架空のキャラクター「掃除のおばちゃん」は、後に自身のヒット曲『おばちゃんのブルース』につながります。このラジオでの成功を足がかりに、彼はテレビの世界にも進出。『ヤングおー!おー!』（毎日放送）などを通じて全国的な知名度を獲得。「視聴率を5%上げる男」とも呼ばれ、お茶の間の人気者となります。1972年には大塚食品「ボンカレー」のCMで、時代劇パロディによる「3分間待つのだぞ」のフレーズが社会現象を巻き起こすほどでした。

落語家としての円熟と影響力

タレントとして多忙を極める中でも、仁鶴は高座への出演を欠かしませんでした。駆け出しの頃は、師である六代目松鶴の教えを忠実に守り、地味で堅実な語り口でしたが、やがて本来持っていたスピーディーで力強い「機関銃のような」スタイルを取り戻します。さらに1970年代後半に喉を痛めたことを機に、豊かな表現力と描写力でじっくりと聞かせる正統派の芸風へと変化を遂げました。その特徴的なバリトンの声と口調は、多くの後輩芸人たちにものまねされ、愛されています。古典落語から新作まで幅広い持ちネタを持ち、特に『青菜』『くっしゃみ講釈』『壺算』などは彼の代表的な演目として知られます。

仁鶴は、戦後の吉本興業において、漫才以外の分野、特に落語でスターを生み出し、会社の基盤を築き上げた「吉本中興の祖」とも称されています。吉本の総帥であった林正之助をして「さん」付けで呼ばせた逸話は、彼の社内での地位と貢献の大きさを物語っています。また、上方落語界においても重鎮として敬われ、六代目松鶴の没後は総領弟子として一門を牽引する立場となりました（七代目松鶴襲名問題における彼の言動は様々な波紋を呼びましたが、その後の七代目の早世という悲劇もありました）。長年にわたり、NHK大阪制作の法律バラエティ番組『バラエティー生活笑百科』の二代目相談室長として、「四角い仁鶴がまぁーるくおさめまっせぇ」の決めゼリフと共に全国的に親しまれ、また『大阪ほんわかテレビ』など多くのレギュラー番組で司会を務めました。

人柄と晩年

共演者や関係者からは、「大御所ぶらず、常に謙虚で話しやすい」「決して人を悪く言わず、ものごし柔らかい」とその温厚な人柄が語られています。『バラエティー生活笑百科』で共演した弁護士は、控室での丁寧な対応や、日頃から「まぁ〜るくおさめる」姿勢を体現していた様子を証言しています。尊敬する人物として、俳優の森繁久彌の名をしばしば挙げていました。

2017年頃から体調を崩しがちになり、長年出演していた番組を休演することが増えました。最愛の妻・隆子さん（吉本新喜劇女優として活躍）や愛弟子の死去も重なり、心身の負担は大きかったと思われます。その後は散発的な仕事を除き、公の場に出る機会は減少しました。2021年8月17日、骨髄異形成症候群のため静かに息を引き取ります。奇しくもこの日は、師である六代目松鶴の誕生日でした。彼の訃報は多くの人々に悲しみをもたらしましたが、上方落語、そして日本の演芸・バラエティ界に残した功績は計り知れません。文化功労賞やNHK放送文化賞など、多くの栄誉に輝き、没後には上方演芸の殿堂入りを果たしました。彼の残した笑いと温かい人柄は、今なお多くの人々の記憶に刻まれています。

主な受賞歴には、大阪府民劇場奨励賞、日本放送作家協会賞演芸部門、上方お笑い大賞大賞、大阪市民表彰文化功労賞、NHK放送文化賞、上方演芸の殿堂入りなどがあります。多くの直弟子を育て、笑福亭仁智や笑福亭仁福らが現在も吉本興業で活躍しています。彼の存在は、まさに戦後上方演芸史における巨人であり、その功績は長く語り継がれるでしょう。

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