第1海軍燃料廠

かつて神奈川県鎌倉郡本郷村（現在の横浜市栄区小菅ヶ谷町、桂町、柏陽、そして本郷台駅周辺地域に該当）に設けられていた、大日本帝国海軍の重要な研究・実験機関でした。海軍工廠の一つとして、燃料や潤滑油に関わる広範な技術開発を担っていました。

組織の設立と変遷

その起源は、山口県徳山市（現在の周南市）にあった海軍煉炭製造所にまで遡ります。大正10年（1921年）には組織が拡充され、「燃料廠」と改称。採炭、練炭、製油、そして研究部門が設置されました。

その後、海軍が使用する燃料や潤滑油といった石油製品全般の研究および実験を集中的に行う施設として、昭和12年（1937年）に建設が閣議決定され、翌昭和13年（1938年）には実際の建設が始まりました。横須賀港に近い戦略的な立地と、既に敷設されていた横須賀線の存在が、この地が選ばれた大きな理由です。短期間での建設を急いだため、用地の買収は時には半ば強制的な形で行われたとも伝えられています。文書上で「第1海軍燃料廠（大船）」と表記される例も見られますが、厳密には当時の鎌倉郡大船町に属していたわけではありません。

研究開発と活動内容

第1海軍燃料廠では、燃料に関する基礎的な研究から応用実験まで、幅広い業務が行われました。船舶用の重油や軽油、航空機用のガソリンやメタノールといった主要燃料に加え、エンジンオイルやグリース類の研究施設も設けられていました。また、石油資源に乏しい状況に対応するため、石炭を液化したり、松の根から油を抽出したりする代替燃料の研究・実験も積極的に推進されました。特に松根油の確保のためには、燃料廠の求めに応じて周辺地域の住民が動員され、大規模な松の伐採が行われたという記録も残っています。

これらの研究・実験の過程で、小規模な燃料生産施設も備えていましたが、大規模な量産は他の燃料廠が担う体制となっていました。

太平洋戦争が激化する末期には、局地戦闘機「秋水」に搭載されるロケットエンジンの特殊燃料である過酸化水素水を製造する施設や、エンジン自体の燃焼実験を行うための設備が追加されました。さらに、迫りくる空襲に備え、地下に実験設備を設けたり、防空陣地を構築したりするなど、施設の強化が進められました。昭和20年（1945年）2月には、陸海軍の他の燃料廠と比較すると規模は小さいものの、実際に空襲を受け、犠牲者も発生しています。

周辺施設の整備と戦後の地域発展

燃料廠の活動に伴い、周辺には多くの関連施設が整備されました。現在の横浜栄共済病院にあたる大船海軍共済組合病院もその一つです。また、燃料廠と大船駅を結ぶ専用の鉄道線路が敷設され、それに並行する道路、水道、電力供給といったインフラも整備されました。さらに、軍事上の輸送路を確保するため、昭和18年（1943年）には軍事国道の国道特36号（現在の神奈川県道23号の一部など）、昭和20年（1945年）には国道特41号（終戦時未完成、現在の神奈川県道23号の一部）が建設されました。これらの大規模な基盤整備は、戦後のこの地域、特に現在の横浜市栄区の発展に大きな影響を与えました。

終戦後の変遷と現在の姿

太平洋戦争の終結後、燃料廠の広大な敷地はその姿を変えていきました。一部は民間に払い下げられ、住宅地や工場用地として利用されるようになりました。また、施設の一部は戦後短期間、鎌倉アカデミアの校舎としても活用されました。

しかし、敷地の大部分は昭和27年（1952年）から駐留軍によって接収され、「大船PX」と呼ばれ、米軍の物資倉庫として使用されました。この大船PXは、昭和40年（1965年）から段階的に接収が解除され始め、昭和42年（1967年）1月には全ての敷地が日本に返還されました。

返還後、この地域は国や神奈川県、横浜市など官主導による大規模な再開発の対象となりました。神奈川県警察学校、神奈川県消防学校、神奈川県立柏陽高等学校などが建設され、昭和48年（1973年）4月には国鉄根岸線（現JR根岸線）の開通に合わせて本郷台駅が開業しました。駅周辺には、日本住宅公団（現都市再生機構）などによる大規模な高層住宅群が建設され、多くの人々が暮らす街へと変貌しました。さらに、燃料廠周辺の関連施設跡地には、栄区役所、栄警察署、栄消防署、横浜地方法務局栄出張所といった行政施設が集積し、この一帯は横浜市栄区の行政的な中心地としての機能を果たすようになりました。

興味深いことに、この再開発にあたっては、燃料廠が整備した敷地や道路の区画が概ねそのまま踏襲されました。研究棟の一部は、現在も神奈川県立柏陽高等学校の校舎として転用・利用されています。

また、燃料廠の近くを流れる㹨川では、敗戦時に遺棄されたとみられる化学薬品（黄燐など）や武器弾薬が、昭和50年代末に川底から発見されるという問題が発生しました。これらが掘り起こされることのないよう、河床にコンクリートブロックを敷き詰める対策工事が実施されています。

燃料廠の建物や地下壕などの遺構は、1990年代頃までは一部が残存していましたが、周辺の宅地開発や公共施設の建設が進むにつれて次第に撤去されていきました。現在では、当時作られた塀の一部がわずかに残されているのみで、かつての軍事施設の痕跡をたどることは難しくなっています。

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