薩摩錫器

薩摩錫器

薩摩錫器は、鹿児島県で製造されている錫製の伝統工芸品です。1997年3月24日に、鹿児島県の伝統的工芸品に指定されました。

概要

薩摩錫器は、その独特の魅力で人々を魅了します。柔らかな手触りと心地よい重量感は、手に取るたびに特別な感覚をもたらします。見た目は、高級感あふれる光沢を放ち、白に近い銀色の美しい姿が特徴的です。また、表面の梨子地（なしじ）の肌合いは、使い込むほどに独特の味わいを深めます。

特徴

錫は、その金属特性から加工がしやすく、割れにくいという特徴を持っています。また、熱伝導率が高いことから、冷たい飲み物を注ぐと表面に結露が生じるほどです。このため、タンブラーなどの酒器に冷たい飲み物を注ぐと、その冷たさをより一層感じることができます。さらに、錫は空気中や水中でも錆びることがなく、人体に有害な物質が溶け出す心配もありません。職人の間では、錫には水を浄化する作用があると言われており、花器に活けた花が長持ちしたり、茶壷に入れた茶葉の香りが長く保たれると言われています。錫器の表面に施された模様のザラザラ感は、ビールの泡立ちを良くし、焼酎をまろやかにする効果もあります。

気密性の高さも薩摩錫器の大きな特徴の一つです。茶筒や茶壷は密閉性が高く、茶葉などの保存に最適です。大久保利通が愛用していた茶壷からも、その密閉性の高さが窺えます。

種類

薩摩錫器は、その割れにくさや錆びない特性から、縁起物としても親しまれています。現在では、ロックグラス、コップ、切子グラスなどの杯、ちょか、茶筒、茶壷、茶器、酒器、正月の屠蘇器、花瓶、水差し、皿、神具、仏具、菓子器、置物など、伝統的なものからアクセサリーまで、幅広い製品が作られています。特に、冷たい飲み物を美味しく楽しめるタンブラーグラスは人気が高く、数年待ちの製品もあるほどです。

薩摩錫器は、現在、鹿児島市と霧島市の工房で製作されています。大正時代から100年以上続く工房や、錫の皿の製作体験ができる工房もあります。また、ふるさと納税の返礼品としても人気があり、Amazonなどのオンラインストアでも購入することができます。

製造工程

薩摩錫器の製造方法は、他の地域の錫器とは異なり、独自の技法が用いられています。高温では酸化する錫ですが、常温では酸化しにくい性質を利用し、漆と酸で模様を作り出すのが特徴です。溶解から研磨まで、すべての工程が手作業で行われます。

錫は柔らかく加工しやすい金属ですが、錫を溶かして鋳型に流し込む作業や、数十分の1ミリ単位で削る作業には、熟練した技術が必要です。緻密な削り面や、磨き、深いエッチングを施す作業は、非常に繊細で集中力を要するため、一人前の職人になるには一般的に約30年もの鍛錬が必要とされます。鋳物であるため、溶けた錫が飛び散ることもあり、職人の腕や胸には火傷の痕が残ることもあります。

製造工程は、まず製品の雛型を作ることから始まります。乾燥していない生木を旋盤に取り付けて削り出し、厚紙で中心部分の形を取ります。この厚紙は、製品の外型の基本となる型紙になります。次に、錫の塊をガスコンロや鉄鍋で溶かし、外型や中の鋳型の芯を合わせて、溶けた錫をゆっくりと流し込みます。錫が冷え固まったら取り出し、荒カンナで表面を削ります。この際、職人は常に刃を鏡のように保ったカンナを使い、不規則に削る「飛びカンナ」という手法を用います。さらに、仕上カンナで形を整え、表面を滑らかに仕上げます。

製品によっては、複数の部品をはんだ付けで繋ぎ、表面を削って鏡のように仕上げます。模様や絵柄は、漆やインクなどの塗料で描画します。絵柄を指定して写植することも可能です。塗料を乾燥させた後、低濃度の硝酸に浸してエッチングを行い、梨子地の肌を作ります。最後に、中和のために重曹の液に浸し、塗料をこすり落とすと、模様が残ります。艶消しの製品以外は、さらに黒漆を塗り重ね、乾燥後に磨いて仕上げます。

茶筒に関しては、蓋を乗せた重みで自然に閉まる高い気密性を持つため、蓋と本体の隙間を繊細なアーチ状に加工しています。

取り扱い上の注意点

錫は熱伝導率が高い金属であるため、熱いものを入れると非常に熱くなります。そのため、火傷に注意が必要です。また、錫は融点が低いため、直火にかけることはできません。冷蔵庫で保管すると金属が変質する可能性があり、電子レンジや食器洗い機の使用も避けるべきです。

錫は柔らかい金属なので、強い衝撃を与えるとへこんだり変形したりすることがあります。洗浄時には、硬いものを使用すると傷が付きます。茶壺や茶筒の蓋は繊細なバランスで削り出されているため、水洗いすると開きにくくなったり閉じにくくなる場合があります。

レモン水など酸性のものを長時間入れたままにすると変色することがあり、コーヒー用に使用し続けると色が吸着する可能性があります。使用後は、柔らかいスポンジで洗い、水滴の跡を防ぐために乾いた布で拭き上げると良いでしょう。光沢を維持するためには、時々柔らかい布で手垢や汚れを拭き取ると効果的です。もし光沢が鈍ってきた場合は、半練りの歯磨き粉を水で溶いたものを付けた柔らかいスポンジで拭いたり、重曹を溶いた水で磨くと良いでしょう。ただし、飲み物を入れたまま一晩放置したり、水気を拭き取り忘れたからといって、すぐに外観が損なわれるわけではないので、過度に神経質になる必要はありません。いぶし仕上げの製品は、砥の粉を水で溶いて布につけ、徐々に摩擦すると綺麗になります。

歴史

最も古い錫器は、紀元前1500年頃の古代エジプトの遺跡から発掘された水壺と言われています。日本では、遣唐使が持ち帰ったとされる錫製の薬壺が数点、正倉院に保管されています。

薩摩で錫の鉱山が発見された時期については諸説ありますが、明暦元年（1655年）説と万治元年（1658年）説があります。薩摩では、八木主水佑元信によって錫の鉱山が発見され、元禄14年（1701年）に島津氏が江戸幕府から採掘許可を得て、薩摩藩の経営となりました。錫山は次々と拡張され、国内有数の錫鉱山となり、薩摩藩の重要な財源となりました。

万治元年（1658年）に建築された島津家別邸の仙巌園には、薩摩藩主と世継ぎだけが通れる「錫門」があり、その屋根は総重量約1トンの錫で葺かれています。薩摩で錫器が作られ始めたのは、谷山鉱山が生産を増やした文化10年（1813年）以後とされています。江戸時代の紀行文『西遊記』には、当時すでに薩摩で錫器の生産が盛んで、徳利が広く使われていたことが記されています。錫は、幕末の集成館事業にも活用されました。

明治時代に入ると、錫器の生産はさらに盛んになり、一般家庭でも広く使われるようになりました。薩摩藩士の大久保利通は錫の茶壷を愛用しており、没後100年以上経ってから発見された茶壷からは、新鮮な茶葉が出てきたという逸話もあります。錫山鉱山は、第一次世界大戦後に一時休山となりましたが、その後、錫山工業組合が生産を続けました。戦前には、鹿児島市内に十数軒の工房があり、1933年のシカゴ万国博覧会では、薩摩錫器の工房が賞を獲得しました。

戦後、他の金属や合成樹脂を使用した製品が登場し、生活様式が変化したことで、国内の錫業界は縮小しました。1988年には鉱山が閉山し、鹿児島県では錫が産出されなくなりました。現在は、マレーシアから輸入した錫を使用しています。錫器の工房も減少し、2022年時点で、鹿児島県内では2軒のみとなっています。

2020年には、薩摩錫器職人の岩切學が「現代の名工」に選ばれ、2022年には、薩摩錫桜島タンブラー「彩光」が鹿児島県知事賞を受賞しました。このタンブラーは、鹿児島県工業技術センターの特許技術である、桜島の溶岩から抽出した薄い膜をコーティングする技術を用いて製造されており、光沢のある虹色に発色し、表面には桜島の石のような凹凸が施されています。

脚注

注釈

出典

外部リンク
鹿児島編 伝統工芸品 薩摩錫器 - 日本伝統文化振興財団
伝統的工芸品 - 鹿児島県
鹿児島県の伝統的工芸品 - 鹿児島県

もう一度検索