藤原岩市
藤原岩市：インド独立に貢献した陸軍軍人の生涯
藤原岩市（1908年3月1日 - 1986年2月24日）は、日本の陸軍軍人、後に陸上自衛官。太平洋戦争中にF機関を率い、インド国民軍の創設とインド独立運動に重要な役割を果たしたことで知られています。インド独立の父と呼ばれるマハトマ・ガンディーに対し、藤原はスバス・チャンドラ・ボースと並び「インド独立の母」とも称されることがあります。
生い立ちと軍歴
藤原は兵庫県多可郡（現在の西脇市）で生まれ、柏原中学校から陸軍予科士官学校、陸軍士官学校（43期）を経て、1931年に陸軍少尉に任官しました。その後、歩兵第37連隊付、天津駐屯歩兵隊付、豊橋陸軍教導学校付などを経て、1938年に陸軍大学校（50期）を卒業。歩兵第37連隊中隊長、第21軍参謀、留守第1師団司令部付を歴任しました。
戦中：F機関とインド国民軍
当初、藤原は情報畑の人間ではありませんでしたが、1939年に参謀本部入り。チフス罹患のため、作戦課ではなく謀略・宣伝担当の第8課に配属されます。陸軍中野学校の教官も兼務しながら、南方作戦における宣伝戦の調査・企画を担いました。現地情報の不足から、自ら偽装身分で現地調査を行い、作家や記者などの民間人を思想戦に動員する報道班員の導入を提案しました。
1941年10月、開戦に先駆けてバンコクに赴任した藤原は、南方軍参謀を兼務する特務機関の長として、心理戦を展開。少数精鋭の部下とともに、マレー人、インド人、華僑などの取り込みを図りました。その一環として、マレーシアで育った谷豊を諜報要員として起用し、谷は後に「マレーの虎（ハリマオ）」として知られるようになります。
藤原の最大の功績は、インド国民軍の創設です。亡命インド人グループと接触し、英印軍兵士の懐柔を試みました。降伏したインド兵士を集め、民族心を訴える演説を行い、最終的に5万人規模のインド国民軍を組織しました。しかし、規模が拡大したインド国民軍は、一少佐の手に余るものとなり、F機関は岩畔豪雄を長とする岩畔機関に発展解消しました。その後、日本軍とインド国民軍の間や、インド国民軍内部でトラブルが頻発。初期の指導者であったモーハン・シンが解任され、スバス・チャンドラ・ボースがドイツから呼び寄せられました。藤原は、岩畔の幕僚として残っていれば、インド人たちとうまくやっていけたかもしれないと後年語っています。スマトラ島での同種の活動の後、ビルマ方面軍の参謀を経て内地でも参謀業務を行いました。
戦後：裁判と自衛隊
終戦時、藤原は入院中にチャンドラ・ボースの死を知り衝撃を受けました。その後、イギリス軍の出頭命令を受け、インドへ赴き、インド国民軍に参加したインド人将校の裁判で証人として召喚されました。しかし、インド国内で独立運動が活発化し、裁判はうやむやのまま打ち切りとなりました。
その後、藤原は戦犯として裁かれ、シンガポールのチャンギー刑務所で厳しい尋問を受けましたが、有罪とはなりませんでした。さらに、クアラルンプールでイギリス軍情報部からF機関とインド国民軍について尋問を受けました。尋問官は藤原の功績を「輝かしい成功」と評価し、その理由を尋ねましたが、藤原自身は誠意を持って接したことと、イギリスの統治に無慈悲な点があったからではないかと語っています。
1947年に帰国後、復員局戦史部に在籍。公職追放を経て、1955年に陸上自衛隊に入隊し、1956年に陸上自衛隊調査学校の校長に就任。自衛隊の情報部門の育成に尽力しました。その後、第12師団長、第1師団長を歴任し、1966年に退職。退職後は東南アジア諸国を訪問し、現地の要人と関係を深めました。インドネシア情勢について、スカルノ失脚の見通しを外務省より早く政界に伝えました。
スカルノ大統領の失脚後、藤原はスハルト政権誕生に尽力。三島由紀夫との関係も取り沙汰されましたが、真相は不明です。1971年には参議院議員選挙に立候補しましたが落選。1978年に勲三等瑞宝章を受章し、1980年には全国戦友会連合会会長に就任しました。
人物像と逸話
藤原は柏原中学校時代に剣道部副将を務め、天津歩兵連隊剣道大会で優勝した経験があります。一方、柔道は未経験で、幼年学校出身の同期には体格で劣っていました。語学も苦手で、中国語コースに回されてもほとんど覚えられなかったと言われています。しかし、運動時間中に教科書の暗記を競い合い、周囲を驚かせたこともありました。
藤原は、大東亜戦争について「日本の自存自衛の戦争」であり、「大東亜共栄圏」というオブラートで包んだものだと考えていました。また、軍の現地人に対する無理解や偏見、差別意識を痛感しており、その対応を巡っては周囲と衝突することもあったようです。
F機関での活動では、華僑工作に失敗した反面、インド人とは良好な関係を築きました。インド国民軍の運用に悩まされ、辻政信らに「土方に使え」などと勝手なことを言われる立場でしたが、インド兵の意思を尊重し、参謀本部の命令に抵抗したこともありました。モーハン・シンとの別れでは、男泣きに泣きながら別れを惜しんだというエピソードも残っています。
インパール作戦では、牟田口廉也中将から「腹を切って死ぬ」と相談を受けた際、「黙って腹を切って下さい」と返答しました。戦後、牟田口が自己弁護に走った際には、失望したと語っています。
小平調査学校校長時代には、中野学校式教育を継続。米軍のCICを推奨する松本重夫と対立しました。藤原はインパール作戦の情報漏洩問題を研究させず、松本がまとめた報告書を快く思わず圧力をかけました。また、松本の師団長時代の失態を指摘するエピソードも残っていますが、晩年には松本の名を恩顧の方々として挙げています。
その他、鉄道除雪に自衛隊員を動員したり、今村均の聖将ぶりを称えたり、中部太平洋諸島への遺骨収集派遣団に参加したり、インドでの遺骨収集を主催するなど、戦後も多岐にわたる活動を行いました。また、NHKの番組ではモーハン・シンとの再会も果たしています。
藤原はインドネシアを東南アジアの天王山と評し、中国共産党をアジアの脅威と見なしていました。毛沢東や金日成を批判し、台湾の併合を危惧するなど、東アジア情勢にも強い関心を持っていました。一方で、自衛隊が中野学校のようにできないと語り、情報部門の育成の難しさを指摘しました。
愛煙家で、晩年は肺を患いながらもタバコを愛していました。1986年2月24日、胆のうがんで逝去。享年77歳でした。
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