誰もいない海

「誰もいない海」（だれもいないうみ）は、日本のポピュラーソングとして、長きにわたり多くの人々に愛され続けている楽曲です。その始まりは1967年、当時のNET（現・テレビ朝日）で放送されていた情報番組『木島則夫モーニングショー』の企画「今週の歌」でした。番組のレギュラーでもあった歌手、ジェリー伊藤のために書き下ろされたのが本楽曲です。

この曲が初めてレコード化されたのは、誕生から少し遅れた1968年のこと。シャンソン歌手の大木康子が、CBSソニーからシングル盤として発売しました。しかし、このリリースは残念ながら大きな注目を集めるには至らず、チャート入りすることもありませんでした。

楽曲が広く知られるきっかけとなったのは、1970年 11月5日に東芝音楽工業からリリースされた、フォークデュオ、トワ・エ・モワによるシングル盤です。このバージョンがオリコンチャートで16位を記録する大ヒットとなり、「誰もいない海」は一躍、日本を代表するフォークソングの一つとして認識されるようになります。皮肉なことに、シャンソン歌手によって最初に歌われたにもかかわらず、このヒットにより「シャンソン」よりも「フォーク」のイメージが強く根付くことになったのです。

興味深いことに、トワ・エ・モワのシングル盤と同日には、この楽曲の作曲者である内藤法美の妻にあたるシャンソン界の大御所、越路吹雪によるシングル盤も東芝音楽工業から発売されています。これは事実上の競作となりましたが、越路吹雪版はオリコンで92位にとどまり、セールス面ではトワ・エ・モワ版に大きく水をあけられる形となりました。

楽曲のオリジナル歌手であるジェリー伊藤自身によるレコーディングは、これらのヒットからさらに遅れて、1971年に同じく東芝音楽工業のリバティレーベルからシングル盤としてリリースされています。彼のバージョンには、ジェリー伊藤自身による英語詞のパートが含まれているのが特徴です。

作詞は山口洋子が手がけていますが、こちらは後に『よこはま・たそがれ』などのヒット曲で作詞家として知られる同姓同名の山口洋子氏とは別人であり、主に現代詩の分野で活動していた詩人です。作曲は内藤法美が担当しており、先述の通り、本楽曲を歌った越路吹雪の夫にあたります。

それぞれのアーティストによるシングル盤には、異なるカップリング曲が収録されています。

ジェリー伊藤 (1971)
A面: 誰もいない海（作詞：山口洋子、訳詞：ジェリー伊藤、作曲：内藤法美、編曲：服部克久） - 3コーラス目は英語詞
B面: サヨナラ（訳詞：山上路夫、作曲：ジャック・ルボー、編曲：服部克久）
トワ・エ・モワ (1970)
A面: 誰もいない海（作詞：山口洋子、作曲：内藤法美、編曲：森岡賢一郎）
B面: 青春のあやまち（作詞：山上路夫、作曲：村井邦彦、編曲：川口真）
越路吹雪 (1970)
A面: 誰もいない海（作詞：山口洋子、作曲・編曲：内藤法美）
B面: 明日は月の上で（作詞：岩谷時子、作曲：サルヴァトール・アダモ、編曲：内藤法美）
大木康子 (1968)
A面: 野火子（作詞：五木寛之、作曲・編曲：いずみたく）
B面: 誰もいない海（作詞：山口洋子、作曲・編曲：内藤法美）
大木康子 (1969)
A面: 誰もいない海（作詞：山口洋子、作曲・編曲：内藤法美）
* B面: 虹のエピローグ（作詞：岩谷時子、作曲・いずみたく、編曲：大柿隆）

この楽曲は、後年にも注目を集めました。テレビ朝日系列で放送されたドラマ『越路吹雪物語』では、主題歌として採用され、女優の大地真央によって歌唱されました。

その抒情的なメロディーと歌詞は多くのアーティストを惹きつけ、様々なジャンルの歌手によってカバーされています。あべ静江、天地真理、岩崎宏美、香西かおり、グラシェラ・スサーナ、後藤真希・高山厳、西城秀樹、佐良直美、藤圭子、フランク永井、杜けあき、山田姉妹、吉幾三、さだまさしなど、そのリストは多岐にわたります。これらのカバーバージョンによって、楽曲は時代を超えて新たなファンに届けられ、歌い継がれる名曲としての地位を確固たるものにしています。

「誰もいない海」は、テレビ番組の一企画から生まれ、幾多のバージョンを経て大ヒットし、そして今なお多くの人々に愛される、日本のポピュラー音楽史における重要な一曲と言えるでしょう。

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