谺つり星

概要

『谺つり星』（こだまつりほし）は、日本の作曲家、三善晃によって1996年に書かれたチェロ協奏曲です。サントリーホールの開場10周年を記念する委嘱作品として発表されました。この作品は、作曲家が1995年から手掛けた「交響四部作」の第2作目に位置づけられています。作品には「チェロ協奏曲第2番」という別名があり、欧文タイトルは Étoile à échos : cello concerto no. 2 と記されます。全曲を通して単一楽章で構成され、演奏時間は約13分です。

作曲の背景とコンセプト

本作品は、チェリストである堤剛の提案が作曲の契機の一つとなりました。堤が小編成オーケストラとのチェロ協奏曲の作曲を三善に薦めたことから構想がスタートしました。作曲家は、独奏チェロが生み出す「谺（こだま）」がオーケストラ全体に響き渡り、「共振」を引き起こすことで音楽的な「波紋」が広がっていくイメージを核として作曲を進めました。これは、三善がそれまで声楽と器楽を組み合わせた作品などで深く探求してきた「死」と「生」の関係性、あるいは個々の人間存在とその相互関係という哲学的テーマを、独奏チェロとオーケストラという二つの存在の関係性や、緻密なオーケストレーションの中に反映させようとする試みでもあります。

曲名の由来

作品のユニークなタイトルは、長野県の野尻湖で見られる植物「星つり藻」に由来します。この藻は、傘のような形状の枝から星形の仮根が垂れ下がり、あたかも空の星を釣り上げているかのように見えることから名づけられました。三善はこの「星つり藻」の視覚的イメージにインスパイアされ、人間の内面にある「谺」、すなわち心の中で響き続ける声や想いが、遠い星に吊るされて静かに揺れ動いているような情景を重ね合わせ、作品のイメージとしました。

楽曲構成と編成

楽曲は全体を通して切れ目なく演奏される単一楽章形式をとっています。編成は独奏チェロと大規模なオーケストラによって構成されます。オーケストラパートは以下の通りです。

フルート2（うち1人はピッコロ持ち替え）
オーボエ2
クラリネット2（うち1人はEsクラリネット持ち替え）
ファゴット2（うち1人はコントラファゴット持ち替え）
ホルン4
トランペット2
トロンボーン3
ティンパニ（4台）
多数の打楽器：サスペンデッド・シンバル、バスドラム、タムタム、サンダーボード、ヴィブラフォン、スレイベル、マラカス、チューブラーベル、トムトム（3つ）、スネアドラム、マリンバ、アンティークシンバル
鍵盤楽器：ピアノ、チェレスタ
ハープ
弦五部

特に打楽器パートは多様な楽器が指定されており、作品の響きに色彩豊かな要素を加えています。

初演

『谺つり星』の初演は、作品が委嘱されたサントリーホールにて、1996年10月28日に行われました。指揮は若杉弘、オーケストラはNHK交響楽団、そして独奏チェロは堤剛が務めました。

楽譜と録音

本作品の楽譜は、スコアが全音楽譜出版社より市販されており、演奏用のパート譜は同社からレンタル提供されています。

主要な録音としては、以下のものが知られています。

2008年 カメラータ・トウキョウ 『三善晃の音楽』（CMCD-99036/8）：沼尻竜典指揮、向山佳絵子チェロ独奏、東京フィルハーモニー交響楽団による2003年録音。
2009年 ビクターエンタテインメント 『交響四部作』（VZCC-1021/2）：秋山和慶指揮、堤剛チェロ独奏、東京交響楽団および大阪フィルハーモニー交響楽団による2000年・2001年録音。

受容と評価

作品は発表当時から注目を集め、1997年の第45回尾高賞選考会では、その「堂々たる風格」が選考委員の間で話題となりました。

2009年にリリースされたCD『交響四部作』は、本作品を含む三善の主要なオーケストラ作品を収録しており、同年度の第47回日本レコード・アカデミー賞を受賞するなど、音源としても高い評価を得ています。

また、初演から時を経て再演される機会もあり、2021年11月5日には広島文化学園HBGホールにおける広島交響楽団の定期演奏会にて、下野竜也の指揮、伊東裕のチェロ独奏により演奏されました。この演奏に際し、指揮者の下野は独奏チェロとオーケストラの関係性を「召集された若者と戦争をもたらした大人たち」という比喩で表現し、その構図が演奏において見事に描き出されていたと評されています。この解釈は、三善が作品に込めた個と集団、あるいは生と死といったテーマの深遠さを示唆するものと言えるでしょう。

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