郭守敬

郭守敬（かく しゅけい）

元朝時代（1231年-1316年）に活躍した中国の科学者であり、特に天文学、暦学、そして水利事業において顕著な功績を残しました。字は若思。現在の河北省邢台市出身。その名を後世に伝える最大の業績は、中国暦の歴史において極めて精緻な「授時暦」を作り上げたこと、そして広範囲にわたる水利・水運工事を成功させたことにあります。

水利技術者としての礎と活躍

郭守敬の祖父、郭栄は算術や水利に深く通じた学者であり、当時の有力者であった劉秉忠と親交がありました。この縁を通じて、郭守敬も劉秉忠のもとで学び、算術、水利、そして儒学の経典に精通しました。中統3年（1262年）、役人である張文謙の推薦により、元の初代皇帝である世祖（クビライ）に謁見する機会を得ます。この時、郭守敬が水利に関する六つの提言を行ったことで、その卓越した才能が認められ、諸路河渠の管理責任者に任命されました。翌年には河渠副使となり、水利事業におけるキャリアを本格的にスタートさせます。

至元元年（1264年）には、かつて西夏国の領土だった地域の灌漑水路の復旧に尽力し、クビライからの信頼をさらに厚くします。その後も水利関係の役職を歴任し、至元8年（1271年）には都水監という高位に昇進しました。元朝が南宋を滅ぼした後、新たな占領地での軍事輸送のため、各地に水上交通の拠点（水站）を設ける計画が持ち上がります。郭守敬は各地を調査し、河川の状況や地形を詳細に考慮した上で、精密な設計図を作成して上奏しました。

「授時暦」の編纂事業

当時、元朝で使用されていた暦は、以前の金朝から引き継がれた大明暦を修正したものでしたが、日食や月食などの天文現象の予測と実際の観測にずれが生じることが多くなり、暦の改訂が喫緊の課題となっていました。かつて劉秉忠もたびたび改暦を進言していましたが、その実現を見ずに亡くなりました。これを受け、至元13年（1276年）、クビライは郭守敬と王恂、許衡といった優秀な学者たちに新たな暦の作成を命じます。

この時期、元朝の宮廷には「色目人」と呼ばれる西方出身の官僚が多くおり、郭守敬は彼らを通じてイスラーム世界の高度な天文学技術からも影響を受けました。彼はこれらを参考にしながら、独自の革新的な天体観測機器や測定器を多数開発しました。代表的なものに、天体の方位や高度を測る「簡儀」や、天頂付近を精密に観測するための「仰儀」など13種類の観測機器、そして正確な観測値を記録・解析するための「正方案」など9種類の測器があります。これらの最新機器を用いた精密な観測データを基に、様々な計算や製図を行い、改暦作業の中心的な役割を担いました。郭守敬が算出した1朔望月（月の満ち欠けの周期）の長さは29.530593日、1太陽年（地球が太陽の周りを一周する周期）の長さは365.2425日であり、これは現在の精密な観測値と比較しても驚くほど正確な数値です。

至元16年（1279年）には太史院の役職に就き、全国27箇所に観測所を設置してさらに広範囲な観測を実施しました。そして至元17年（1280年）、新しい暦が無事完成し、クビライに提出されます。この暦は「授時暦」と名付けられ、直ちに元の各地および周辺国に配布され、翌年から正式に施行されることとなりました。授時暦は元朝が滅亡するまで使われ、さらに元を追放して成立した明朝でも「大統暦」と名称を変えただけで、ほぼそのまま利用され続けました。明末に西洋の天文学を取り入れた時憲暦が導入されるまでの364年間も使用され続けた授時暦は、中国の歴史上最も長く使われた暦法となりました。郭守敬はその後も暦法の研究を続け、『授時暦経』など数多くの暦学に関する著作を残しました。これらの書物は周辺国にも伝わり、朝鮮半島の優れた暦書である李氏朝鮮の「七政算内篇・外篇」（1442年）や、日本の江戸時代初期に作られた貞享暦にも大きな影響を与えました。

晩年の大規模水運プロジェクト

至元19年（1282年）に共同で改暦を行った王恂が亡くなった後、翌年には太史令という高位に昇進しました。至元28年（1291年）には、首都大都（現在の北京）から通州に至る大規模な運河を掘削する事業を指揮し、元の国内における交通網の整備に大きく貢献しました。また、郭守敬は大都の積水潭という湖の改修も行いました。これにより、積水潭は大都への水上輸送の主要な拠点となり、多くの船が行き交うことができるようになりました。この成功をクビライは大いに喜び、この水路に「通恵河」と名を与え、郭守敬にその管理責任者（提調通恵河漕運事）を兼任させました。積水潭や通恵河の名前は、現在の北京市にも地名として残っています。

没年と後世の顕彰

晩年の大徳2年（1298年）には、鉄幡竿渠という水路の開削を提言しましたが、その工事費用が莫大であったため、時の高官たちが難色を示し、計画規模を大幅に縮小されてしまいます。数年後、その地域で豪雨により水路が氾濫した際、当時の皇帝であった成宗は改めて郭守敬の深い識見に感嘆し、「郭太史（郭守敬）はまさに神人のようである。彼の言葉を聞き入れなかったのは間違いだった」と述べたと伝えられています。

郭守敬は延祐3年（1316年）に86歳でその生涯を閉じました。彼の故郷である邢台では、その偉大な功績を記念して主要な大通りが「郭守敬大街」と名付けられています。また、1964年に紫金山天文台が発見した小惑星の一つには、（2012）「郭守敬（Guo Shou-Jing）」と命名され、その功績が現代にも記憶されています。

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参考文献
『東洋歴史大辞典』上巻 (臨川書店)
『アジア歴史事典』2 (平凡社)

関連事項
授時暦
中国の科学技術史
太陰太陽暦
大都 (北京)
漕運 (水運)
クビライ
ジャマールッディーン
観象授時

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