野の花 (ヴォーン・ウィリアムズ)

野の花（Flos Campi）

『野の花』（ののはな、原題：Flos Campi）は、20世紀イギリス音楽を代表するレイフ・ヴォーン・ウィリアムズによって1925年に作曲された組曲です。この作品は、ヴィオラ独奏、歌詞を持たないヴォカリーズによる小規模な合唱、そして管弦楽という、当時としては珍しい編成のために書かれました。ラテン語の原題「Flos Campi」は直訳すると「野の花」ですが、楽曲の内容は文字通りの風景描写ではなく、旧約聖書「雅歌」からインスピレーションを得た、より深遠で情熱的な世界を描いています。

制作背景と評価の変遷

本作の初演は1925年10月10日、ロンドンのクイーンズ・ホールで行われました。指揮はヘンリー・ウッドが担当し、ヴィオラ独奏は、この作品が献呈されたライオネル・ターティスが務めました。演奏には王立音楽大学の合唱団とクイーンズ・ホール管弦楽団が参加しました。

初演当時の批評家の間では、この組曲に対する評価は賛否両論に分かれました。作曲家の友人であるグスターヴ・ホルストは、作品を完全に理解できなかったと述べ、そのことに対して自身に失望したと伝えられています。しかし、時が経つにつれて、『野の花』の芸術的価値は再認識され、現在では演奏機会は多くないものの、ヴォーン・ウィリアムズの重要な作品の一つとして、またその独自の音楽語法を示す好例として位置づけられています。

ヴォーン・ウィリアムズ自身は、1927年の演奏会プログラムの中で、タイトルからキンポウゲやデイジーといった文字通りの「野の花」を連想する向きがあることに言及しています。しかし、楽曲は「雅歌」に基づいた赤裸々な官能性と豪華な管弦楽法で彩られており、タイトルはあくまで示唆的なものに過ぎないことを示唆しています。また、一部の聴衆は作品に宗教的な要素を見出しましたが、作曲者はその解釈を否定しています。

音楽的特徴と構造

『野の花』は、特定の形式に厳密に従う協奏曲や合唱曲とは異なり、ヴィオラ独奏と歌詞のない合唱が音楽の中心を担う組曲形式を取っています。作品は6つの楽章から構成されており、これらは間断なく続けて演奏されます。各楽章の冒頭には、旧約聖書「雅歌」からのラテン語による引用文が付されており、これにより楽曲の内容や雰囲気が示唆されます。これらの引用文は演奏時に読み上げられるわけではなく、聴衆がプログラムなどで参照することが想定されています。この手法は、後に作曲された『南極交響曲』でも用いられています。

音楽的な特徴として、特に冒頭部分のヴィオラ独奏とオーボエによる二重奏は、多調（複数の調性が同時に用いられる技法）の優れた例としてしばしば言及されます。全体の響きは色彩豊かで、ヴィオラの叙情的な旋律と合唱の神秘的な響きが独特の世界観を創り出しています。

各楽章の構成は以下の通りです。

1. Sicut Lilium in spinas （棘の中の百合のように） - レント
2. Jam enim hiems transiit （見よ、冬は去り） - アンダンテ・コン・モート
3. Quaesivi quem diligit anima mea （私の魂が愛する彼を私は捜し求めた） - レント - アレグロ・モデラート
4. Et lectulum Salomonis （そしてソロモンの寝台） - モデラート・アラ・マルチア
5. Revertere, revertere Sulamitis! （帰れ、帰れ、シュラミの娘よ！） - アンダンテ・クワジ・レント
6. Pone me ut signaculum （あなたの心を私の印形としてください） - モデラート・トランクィロ

編成と演奏時間

この組曲のために指定された楽器編成は以下の通りです。

ヴィオラ独奏
管楽器: フルート（ピッコロ持ち替え）、オーボエ、クラリネット、ファゴット、ホルン、トランペット
打楽器: 大太鼓、テーバー、シンバル、トライアングル
その他: ハープ、チェレスタ
弦楽合奏: 第1ヴァイオリン（6）、第2ヴァイオリン（5）、ヴィオラ（4）、チェロ（3）、コントラバス（2）をそれぞれ上限とする比較的小規模な編成
合唱: 8声部（ソプラノ、アルト、テノール、バス）から成る小規模な混声合唱団。全体で20人から26人程度が目安とされ、ソプラノ・アルト各6～8人、テノール・バス各4～5人程度の編成が想定されています。

全曲の演奏時間は、およそ20分から21分程度です。

『野の花』は、その独特な編成、雅歌に基づく内容、そして多調を取り入れた音楽語法によって、ヴォーン・ウィリアムズの多様な作品群の中でも特に個性的な位置を占める組曲と言えるでしょう。

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